【アニュアルレポート2023】「一般社団法人 技の環」の設立
岐阜県文化伝承課の「匠の技」を支える新規事業と 「一般社団法人 技の環」の設立
教授 久津輪 雅
▼目的
私は2019(令和元)年度から、岐阜県文化伝承課の事業の調査担当者として、県内の伝統技術の担い手が使う道具の供給状況を調査してきた。道具のほとんどは新潟、兵庫、高知などの鍛冶産地で作られており、鍛冶職人の高齢化や廃業により今後の供給が危機的な状況にあることが明らかになった。道具が手に入らなくなれば、県内の貴重な伝統技術の多くが消滅することになりかねない。
2023(令和5)年3月、事業をまとめ今後の展開につなげる提案を出すよう、涌井史郎学長より指示があった。私は伝統技術の担い手が抱える3つの課題(人、原材料、道具)に継続的に対応できる仕組みづくりこそ重要だと考え、「岐阜県伝統技術支援センター(仮)」を設立すべきとの提案書を書き、3月末に学長と文化伝承課に提案した。
それからの1年間は、この提案を県の施策に具体化させる作業に費やしてきた。文化伝承課と毎週のように連絡を取り合い、現場の職人を支えるしなやかな仕組みを作るための知恵を絞った。その結果、岐阜県が2024(令和6)年度から新規事業「『匠の国ぎふ』の技の継承及び人材育成」を始めることになり、支援センターに当たる業務を民間団体に委託することが決まった。そこで調査に携わったメンバーを中心に一般社団法人を立ち上げた。法人の名は「技の環(ぎのわ)」と言い、「伝統の技を支え、人をつなぎ、環をつくる」という意味を込めている。私が代表理事となり、2024年4月から本格始動する。
▼概要
一般社団法人 技の環は、高山と美濃に拠点を持ち、それぞれ2人ずつのスタッフで活動する。事業内容は前述の通り、伝統技術の担い手が抱える3つの課題(人、原材料、道具)の課題解決支援を行うことである。
ここで、なぜ民間団体への委託という形式を取ることになったのかを説明したい。それは伝統技術の現場が抱える複雑な状況を反映している。伝統的な技術を用いるものには文化財と工芸品があり、前者は文化庁、後者は経済産業省の所管になる。たとえば高山祭は国指定重要無形民俗文化財であるため、国では文化庁、岐阜県では文化伝承課、高山市では文化財課が所管する。一方、一位一刀彫は国の伝統的工芸品に認定されており、国では経済産業省、県では地域産業課、市では商工振興課だ。しかし現場では同じ職人が両者を担っていたり、同じ課題を抱えていたりすることも多い。たとえば祭屋台の彫刻を彫る職人が一位一刀彫の置き物も作っていて、後継者育成や原材料の確保や道具の調達に困っているのである。そのため県・文化伝承課が直営で行うよりも、民間団体が異なる行政機関・部署と横断的に関わる方が良いと考えた。ちなみにこの事業の説明では「匠の技」や「伝統技術」という言葉を使っているが、これは「文化財」や「工芸」という言葉を使うとどちらかの省庁の色がついてしまうためだ。
また、県内の伝統技術を守るためには県内だけの取り組みでは限界があるというのも民間団体を立ち上げた理由だ。人口が増え需要も伸びていた時代は産地内で課題を解決することができたが、需要が減りわずかな職人しか残っていない今では、もはや産地内では解決できない。県境を越えた取り組みが必要だが、これも県直営では動きにくいのである。
相談窓口のあり方では、県の担当者とイメージを共有するのに時間を要した。相談窓口というと、公的機関の建物の中に看板がかかった部屋があり相談員が座っている姿を想像しがちだが、これまで調査をしてきた経験から職人がそのような窓口に課題を相談しに来ることはまずない。こちらが現場を訪ね丁寧な聞き取りを重ねる中で、少しずつ課題が明かされていくのである。そのため常設の部屋は設けず、ウェブサイトに相談窓口の情報を載せて電話やメールでの相談を受け付けるとともに、積極的にスタッフが現場を訪ねられるようにした。
スタッフ4人は、これまでも様々な形で伝統技術を支えてきたメンバーである。私は森林文化アカデミーの木工教員として長良川鵜飼の鵜籠、鵜飼舟、岐阜和傘などの材料確保や後継者育成に関わってきた。美濃のもう1人はアカデミー卒業生の大滝絢香さんで、5年にわたり本事業の調査員を務めている。飛騨スタッフは飛騨春慶に用いる漆に詳しく、県生活技術研究所研究員や県工業技術研究所長を歴任した村田明宏さんと、家具・インテリアの仕事を経て高山で工芸コーディネーターとして活動する蓑谷百合子さん。2人は飛騨で漆の生産を復活させる活動「飛騨漆の森プロジェクト」の事務局も務めている。
初年度の活動は、秋に行われる「清流の国ぎふ文化祭2024」に合わせ5年間の調査の成果を示すことに注力する。道具の重要性を伝えるシンボル的なものとして、国指定史跡・高山陣屋の屋根板を作るための5種類の道具に注目した。御嵩町の鍛冶職人が道具を作り、高山の大工がそれを使い体験イベントを行う。道具の作り手と使い手を顔の見える形でつなぐことが地域の伝統技術を継承する上で重要だと私たちは考えていて、今回のイベントはその最初の試みとなる予定だ。
▼教員からのメッセージ
私は森林文化アカデミーという森林・林業系のネットワークを持つ教育機関に籍を置き、木工を通じて伝統文化や地場産業に関わってきました。そのため林政、文化、商工という異なる行政部門を横断的に見る視点を持つことができました。個人としての活動を社会実装するのが今回の取り組みであり、4月から県に「伝統技術支援監」というポストが新設され、一般社団法人 技の環と二人三脚で課題解決を支援していきます。この仕組みづくりのきっかけを与えてくれた涌井学長と、尽力してくださった県文化伝承課のみなさんに感謝しています。
▼連携団体
岐阜県文化伝承課
▼活動期間
2024年2月 法人設立