木工事例調査R6冬① 井波彫刻
木工や素材生産などの事例見学をする木工事例調査。今回は1泊2日で富山県と石川県に足を運びました。その時の様子を、学生のレポートでご紹介いたします。
今回は’24/2/29に富山県南砺市の彫刻工房3か所を見学させて頂きましたので、それぞれについてレポート致します。
- 井波木彫工芸館
井波の彫刻師であり井波彫刻協同組合の理事も務められる、井波木彫工芸館の前川金治さんにお話しをうかがいました。
井波彫刻の大きな目玉となる作品はやはり透かし浮き彫の欄間彫刻。井波では一般に荒彫り100本、仕上げ100本ものノミを駆使し製作するとの事でした。現在でも富山は持ち家率が全国トップ、特に昔は冠婚葬祭その他、家で行う行事が現在よりも多く、客を自宅に招き入れる機会も多い事から、自宅を豪華にする傾向があり、欄間の需要も多かったとのお話でした。
一方、時代を経るごとにその需要も減っていたが、バブル崩壊を機に大きく下落し、欄間に変わる製品を探る機会も多くなりました。前川さんの所でも欄間の他にも寺社などへの彫刻品を納めるが、その他にも木製彫刻のシャンデリアの照明やお札差といった製品も好評を博しています。前川さん曰く、師であり父の正治さんが現代彫刻も手掛けるため、伝統から脱した自己の表現もしやすい環境だったとの事。但し、問題はやはり単価であり、欄間(2枚1組)を1人で製作するなら立体且つ奥行きのある彫刻が細かく入り組み、高度な技術が必要でもあり5か月は掛かるが単価は高く、営業販売に人手を掛ける事も難しい為、欄間は効率が良い。これに代わるまでにはまだ至っていない様子でした。
また、井波はおよそ150人ほどと多くの彫刻師が存在するが、高齢化も進んでおり、後継者育成課題も大きな問題との事です。
以前は彫刻師を育てる職業訓練校があり、これは親方の下で働く、徒弟制度の形も取りながら、週に一日職業訓練校での幅広いカリキュラムを5年間続ける形のものでしたが、生徒数の減少に伴い今は休校状態。しかし、後継者育成の観点もあり門戸を広げ、徒弟制度を伴わない井波彫刻塾を開設。今は県内や近隣の県から集まった幅広い年代の31名が在籍しており、ここから彫刻師の親方からのスカウトもあり、プロへの登竜門的な役割を果たし、現在20代の方も14人在籍し、井波彫刻の継承にも期待が掛かっています。
多くのノミを使い、高い技術で作られていく井波彫刻。初めて訪問させて頂いたがその立体的に精緻な彫りを施されたその作品と技術の高さに驚き、もっともっと知られるべきものだと感じました。また、前川さんは作品の完成にあたっては、いくら完成度が高くとも、反省や気になる点の方が先立つとのコメントが印象的で、慢心せず、常に向上させる気持ちが大切だと改めて感じさせられた訪問でした。
- 二代目野村清宝氏の工房
光源を確保するための大きな窓、壁いっぱいに立てかけられた欄間、そして、何より何百本もの鑿が並んでいることが印象的でした。
これらの鑿は、特に奥行きの深い欄間を製作するためには必要不可欠なもので、400~500本は揃えられているそうです。そして、普段使用していない鑿もまだ沢山あるそうです。
腕の良い大勢の職人を必要とする文化財などの修復の仕事が、全国から多くの彫刻師のいる井波に持ち込まれているそうです。さらに10年後には、もっと多くの修復の依頼が増えていくだろう、とのことです。
けれども、職人さんの高齢化もすすんでいるため、その頃には職人の数が現在の半分になっていることも予測され、今のうちから若い職人を育成していくことが必要とのことでした。
今回の見学でも多くの技術についてのお話を伺うことができました。そして、職人の鑿の持ち方は鑿の先が右手の薬指と小指の間から出るように握り、左手の親指で鑿の刃を押すように使用するそうです。そうすることで、一定の角度を保ったまま削ることができるそうです。また、切削面をつややかに仕上げるための鑿の鎬面の水平の大切さや、刃物の研ぎ方についてもお話を聞きました。どのお話にも長い伝統の知恵を感じました。井波彫刻の伝統を受け継ぐという事は、その知恵を身につけるという事で、とても貴重で豪華なことに思えました。
また、彫刻での木の種類や木目の使い分けについてもお聞きしました。木目が複雑に入り組む粘り強い性質をいかしてクスノキが使用されることが多いそうですが、神社仏閣ではケヤキが用いられることが多く、それも建築とは異なり木目の細かいケヤキが使用される。ヒノキは柔らかくて扱いが難しい面もあるが、独特な美しさがある。また、依頼主さんの希望によってはあまり彫刻には用いないような木を使うこともあるそうです。そして関西では、都や豊臣秀吉の好みにより彫刻に塗装をする事が一般的でしたが、関東、特に井波では、武士文化の徳川家康の好みもあり、鑿の切れ味を活かした無塗装の白木のままで完成とするそうです。
刃物の業者さんが町に来られることも多く、職人さん同士の情報交換も盛んで、彫刻の技術と伝統が小さなスペースにぎゅっと詰まった町は、彫刻に必要なことが全て揃っているように思いました。伝統技術とは、すべての木工の基礎となる技術のように思いました。
- トモル工房(田中孝明氏)
そして、井波の木彫工房見学の最後となる3カ所目は、トモル工房の田中孝明さんにお話をお伺いしました。優美な女性の姿がモチーフの現代的な作風が特徴です。
田中さんは富山の高岡工芸高校を卒業後、5年間井波木彫刻工芸高等職業訓練校に通います。木彫ばかりでなく作品の箱書きのための書道や、デッサン、電動工具を扱うための基礎的な電気の授業もあったそうです。
訓練校を卒業し、田中さんが独立した20年ほど前は、「欄間」の需要は底辺と言えるほどの落ち込み方で、田中さん自身は欄間を2組しか彫ったことがないとのこと。必然的にこれまでの井波彫刻とは違うやり方を模索するしかなく、いまの現代的な作風にたどり着いたとのことでした。
よく女性にモデルはいるのかと訊かれるそうですが、田中さん自身は女性を彫っているというイメージはなく、近所の丘の上で風に吹かれた時に感じたことや、植物が地面の中で育つしたたかさといったものを表現したいと考えた時、結果的に女性の形になるのだそうです。
さて、お話をお伺いしている最中から気になって仕方なかったのが、作業机からすぐに手が届く一等地に置いてある見慣れない機械です。その名もズバリ「木彫刀特殊研磨機」。
20種類以上の砥石やバフなどが連なった彫刻刀専用の研ぎ機です。これを使って磨かれた刃先で彫ると、その瞬間に切削面が光り始めます。「長切れ」はしないため、通常の平らな砥石を使って鎬面を平らに整えるのも重要だとのことですが、頻繁にこの研ぎ機を使って研ぐことで、作品に艶やかな光沢が生まれます。
井波の木彫工房ならどこでも同じ機械があるはずだと話す田中さん。訓練校を卒業し、独立して最初に買うのは、皆この木彫刀特殊研磨機だったそうです。
そして、野村さんの工房見学で教えていただいた、小指と薬指の間に彫刻刀を挟んで持つ井波伝統の握り方は、次の世代にも受け継がれていました。野村さんは握り方に名前はないと話していましたが、田中さんはスプーン製作のワークショップなどで外国人に教えることもあり、考えた末に「プロフェッショナル・グリップ」と呼んで説明しているそうです。
この握り方だと、刃先の角度が安定する代わりに、どうしても小指に「タコ」ができてしまいますが、野村さんと前川さんがお互いのタコの位置を見比べて楽しそうに話していたのもとても印象的でした。
いまも170人以上の木彫職人が集う、唯一無二の町「井波」。
井波の訓練校は令和5年の3月で休校となり「井波彫刻塾」へと形を変えていますが、作風は違えども、その伝統が今も着実に引き継がれていることを感じた一日でした。
前川さん、野村さん、田中さん、お忙しい中、大勢での訪問に快く応じて頂き誠にありがとうございました。
文責 森と木のクリエーター科木工専攻 2年 中西靖子、根上拓 1年 鈴木達也