「木材」から見る木製プロペラ@岐阜かかみがはら航空宇宙博物館
<2022.11.28>
11月初め、同じ岐阜県立の博物館・岐阜かかみがはら航空宇宙博物館から所蔵品の木製プロペラについて樹種同定の依頼を頂きました。
飛行機というと、金属(と今は炭素繊維)でできた工業製品のイメージが強いかと思いますが、むかしは各部が木製で、職人の手作りだったのです。
木製には木製として必要な工夫(たとえばどんな木材を使うか、どんな加工をするか)がなされていますが、「木材」の専門家でないと分かりにくいことも多くあります。
そこで28日、「木材」の立場から出来る各種指導や情報提供のため、同館に伺いました。
机の上にドンと載せられているのは、大正時代の飛行機「甲式三型練習機」のプロペラです。
ちょうど100年前、大正11年の製造品でした。
大正時代の日本人は、このプロペラを120馬力で回して空を飛んでいました。
飛行機のエンジンの出力(馬力)を書いてあるということは、出力に応じて作りを変えていたのでは?と意見交換。
さてこのプロペラですが、1枚の大きい板でなく、7枚の板を貼り合わせて作られています。
大きい材を集めるのが大変だからでしょうか?
「飛行機」ということを考えると、恐らくそれだけではないでしょう。
高度が1000m変わると、気温は6℃変化します。
離陸して高度3000mに達すると、地表より18℃下がることになります。
飛行機は、これぐらい激しい環境変化にさらされているのです。
湿度が変化すると、木材は水分量の変化で「動く」=反る、ねじれるといった変形が生じます。
プロペラを1枚の板で作ったのでは、飛行中に変形して飛行性能に問題が出かねません。
そこで、お互いに変形を抑えあうように貼り合わせる積層構造にしたのではないかとご意見しました。
久津輪先生からは、木目からみる板の「木裏・木表」についてご意見頂きました。
木材の反り方だけでなく、当時の作り手の考えやスキルをみるうえでとても大事な情報です。
曲面の成形が見事です。
端の接着が剥がれていますが、当時の接着剤は現代の合成接着剤より強度も耐久性も劣るものです。
100年経ってもこの程度に留まっているというのは驚きです。
「何の木でつくられているか」を肉眼的特徴からどう見分けたらいいのか、不肖・上田からプチ講義を行いました。
それから、目を皿にして樹種の特徴の出ている箇所を探します。
既製の木製品には、塗装だけでなく経年変化が加わっています。肉眼で見分けるのは、ほとんど困難な場合もあります。
幸いなことは、工業的な用途では特に流通や求められる性能、加工性の制約のため用材がある程度限られるという点です。
木製プロペラの用材として、1930年代の国産戦闘機について調査を行った論文に「マホガニー, くるみ, さくら」が例示されています(嵯峨・三野 2006)。
先入観は禁物ですが、現代では珍しいマホガニー材の可能性もあることに注意しつつ、用材の同定にあたります。
このプロペラの材は着色成分を含む仕上げ塗装(漆?)がなされ、道管が強調されています。
これにより、一年輪(生長輪)のなかに道管が分散し、その径が大~小と遷移するパターンの繰り返しを分かりやすく確認できました。
半環孔材とも呼ばれる、くるみ(国産の用材としてはオニグルミ)材の特徴です。
くるみ材としては北米産のブラックウォルナットが有名で、ヨーロッパ産のウォルナットもありますが、仕上げ塗装による濃色化や当時の入手性を考えると、国産のオニグルミ材ではないかと推察されます。
その後、木製プロペラの保存状態や今後の保存方法についても情報提供を行いました。
もう一つの依頼、今年になって寄贈されたばかりの「九二式重爆撃機」の木製プロペラも拝見しました。
九二式重爆撃機はドイツ製の機体のライセンス製造品で、6機しか製造されなかったレアな機体だとのことです。
真ん中の模型がその機体です。この巨人機を木製プロペラで飛ばそうという気概は驚きですね。
1/20模型ですが、翼の全長が大人ひとり分あります……
写真ではピンと来ないかもしれませんが、このプロペラは長さが4.5mもある圧巻の一品です。
ぜひ現地でご覧ください。
さてこのプロペラですが、塗装のために材面が見えず、観察は難儀なものに……
年輪がはっきりせず、大きめの道管が全体に分散しています。
国産の用材ではあまり見られない特徴に色めき立ちました。
しばらく粘ったあと、欠けた部分でようやく材の特徴を見つけ出しました。
指紋のようなシボシボ模様、「リップルマーク」が材面に表れています。
髄から外側へ走っている組織「放射組織」が階段状に整って並んでいることで(層階状配列と言います)、肉眼では輪郭がつながって細かな皺状に見えるという特徴です。
ありふれた特徴ではないため、樹種同定では鍵になる情報です。
国産の用材ではシナノキやトチノキにみられますが、いずれも道管の大きさが明らかに違います。
マホガニー材でリップルマークがみられることが知られており、道管の形状と配列も特徴に一致することから、このプロペラはマホガニー材ではないかと推察されました。
時代を考えると、現在はほとんど入手できないキューバンマホガニー Swietenia mahagoniの可能性があります。
キューバンマホガニーは「世界三大銘木」の一つとしてヨーロッパで珍重されましたが、数百年の乱伐の結果、第二次大戦後まもなくキューバから輸出禁止となりました。
代用材としてホンジュラスマホガニー Swietenia macrophyllaやメキシカンマホガニー Swietenia humilisが使われるようになりましたが、こちらも乱伐により現在はワシントン条約の規制対象となっており希少材です。
現代では流通がほぼなくなったキューバンマホガニーの材を手に入れるためにアンティーク家具を解体したり、遥か昔に川底に沈んだ丸太を引き上げたりといったことが行われており、それぐらい「幻の銘木」となっています。
6機しか作られなかった幻の(?)飛行機のプロペラがもし「幻の銘木」だとなお素敵なのですが、現状で確認できる肉眼的特徴では、これ以上の特定は困難です。
より精密に樹種同定を行うためには切片を採取して顕微鏡観察を行う必要がありますが、その場では取り掛かれないため、今回は「マホガニー材の可能性」と結論を留めました。
さて、こちらは、機体に取り付けられた別のプロペラです。
こちらもオニグルミ材と推察されましたが、仕上げの違いのため、材の見え方が変わってきます。
着色成分を含まない仕上げ塗装(透明ニス?)では道管が強調されません。
右の飛行機では、機体の枠材の一部となっている木材が外に見えています。
こちらについても観察して意見交換しました。
「木材」という観点からものづくりを考えると、限られた資源で工夫をこらした時代の人々の努力が見えてきます。
史学としても過去の用材を調べることには、当時の発想や文化・技術の伝播、物資の流通を解き明かすうえで大いに役立つ意義があります。
航空機という世界で木材を考えることには新しい発見もあり、私にとっても新鮮な体験になりました。
岐阜かかみがはら航空宇宙博物館のみなさま、貴重な機会をくださり誠にありがとうございました。
助教 上田 麟太郎
(参考論文)
嵯峨弘・三野正洋(2006):中島九一式戦闘機の調査(その3). 日本大学生産工学部研究報告A , 39(2), pp.97-102.