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2024年08月21日(水)

ホールライフカーボン J-CAT評価(morinos建築秘話73)

ホールライフカーボン(以下、WLC)という言葉をご存じでしょうか。
言葉の通り、運用時だけでなく、建物の一生涯を通したCO2排出削減の考え方です。

つまり建設時(アップフロントカーボン)から運用段階(オペレーショナルカーボン)、改修段階、解体・廃棄段階のすべてを含んだ環境負荷を考えることです。物理的な建築の新築から解体までカーボンをのエンボディドカーボンと言います。

近年よく耳にするゼロエネ建築(ZEB)は運用時のカーボン(オペレーショナルカーボン)をゼロにする取り組みです。というのも、一般的な建築では運用時が最も多いからです。

これまでもWLCを算定するツールはいろいろありましたが、入力が煩雑であったり、データが整っていなかったりと使い勝手が良いとは言えませんでした。

morinos建築秘話44でもCASBEEでライフサイクルCO2(ホールライフカーボンと同じ意味)を少し紹介しました。

そんな中、国交省支援のもと、ゼロカーボンビル推進会議が設置され、5月にWLC計算ツールJ-CAT(Japan Carbon Assessment Tool for Building Lifecycle)試行版が公開されました。11月には正式版が公開予定です。

気になるのは木材の評価。

J-CATでは、部材製造時に排出されるCO2と参考情報として炭素貯蔵量が計算されます。
評価する木材は、製材、集成材、合板で、国産材と外材(北米材、欧州材など計6産地)の推計値が用意されています。

デフォルトのデータは、現地調査(大手の会社)と文献調査の積み上げ法で産出された森林施業、製材、乾燥、外洋輸送、陸上輸送、誘発排出量が含まれます。

意外と日本、欧州、北米の差が少ないことが分かります。

当然、外材は船舶輸送(水色)が大きいのですが、乾燥(グレー)が少なめです。これは木屑(バイオマス)乾燥はCO2排出を0にしているためです。日本でもバイオマス乾燥や天然乾燥で乾燥時のカーボンを0にしているところもあるでしょう。

また、森林施業も日本が多めになっています。
育林、伐採、集材工程のエネルギーですが、北米、欧州、日本は大手会社への現地調査、その他の国は、伐採や集材の機械化率で設定されています。ここも各産地で大きく異なってくることでしょう。

このあたりのデータが整備されてくるとデフォルトデータではなく各地に特化した計算が可能になってきます。

さて、morinosを例にJ-CATで60年運用した想定でJ-CAT標準算定法で評価してみました。

床面積あたり3,108kg-CO2e/m2の排出となりました。 CO2排出量の内訳は建設時(緑)が25%程度を占めます。
維持保全・改修(濃い青)が34%、運用時(灰色)が36%です。morinosは省エネ技術を導入しているため、一般的な建築より運用時が抑えられています。(仮に太陽光発電5kW搭載でZEB)

また、建設時(アップフロントカーボン)の内訳(下のバーグラフ)をみると木材(緑)は118 kg-CO2e/m2と少なくWLC全体の4%程度です。
仮に欧州材を使用したとしても124 kg-CO2e/m2と大きく変わりません。(上述の通り)
国産材と欧州材を比べると、欧州材は輸送時のCO2は増加しますが、森林施業や乾燥工程が日本より効率が良い推計値となっており全体として差がついていないためです。

炭素貯蔵量も計算されるようになっています。

炭素貯蔵量は木材の使用量、樹種によって「建築物に利用した木材に係る炭素貯蔵量の表示に関するガイドライン(林野庁)」をもとに算出しています。

例えば、ヒノキ100m3の炭素貯蔵量は、70t-CO2です。

morinosで使用した、製材71.5m3、集成材22.6m3を計算すると、511kg-CO2e/m2の炭素貯蔵量となり、建設時のCO2排出量の65%程が炭素固定されていることになります。

60年の使用を想定(morinosは100年以上活用できると考えていますが)した場合の各年の炭素排出の量を計算しました。

1年目の建設時に全体の25%が排出され、毎年、運用時のカーボン排出、数年に一度修繕時のカーボン排出があります。

1年目に下に伸びているのが炭素固定量ですが、最終的に解体され焼却されると60年目に炭素排出になってしまいます。
長寿命化やリユースをおこなうことで、この排出を抑えられます。

日本におけるCO2削減の目標は2030年までに2013年比で建築で51%減、住宅で66%減です。
2050年にはカーボンニュートラルを目指しています。

そうなると、直近で排出するアップフロントカーボンをどのように押さえるかが非常に大切です。

木造建築は、建設時にそもそものCO2排出量が少なく、炭素固定によってさらにCO2排出を抑えることで、総合的にCO2の排出を少なくできる建築物です。
世界で木造建築に注目が集まっているわけです。

ZEBの普及によって、運用時のカーボンがゼロに近づいてくると、アップフロントカーボンをどうするかが重要になってきます。
そのため、世界中で素材選定や工法の重要性が増してきました。
適切に木造化・木質化することで、WLCのCO2排出量が抑えらます。ようやくこれらを計算できるツールが整備され始めました。
また、WLCで考えることで、木材の優位性が出てきたと同時に、森林施業や乾燥方法などの重要性も増してきました。
川上、川中、川下の業種間で連携してカーボンニュートラルを目指していきたいですね。

木造建築教員 辻充孝