「彫刻刃物の技術継承を考える車座集会」実施報告
日時 2023年3月29日(水)14〜17時
場所 日下部民藝館(岐阜県高山市)
登壇者 森田直樹(鉋鍛冶職人 千代鶴貞秀工房)
門脇豊(公益財団法人美術院 研究部長)※代読発表
西禎恒(にし・よしつね 鉋台職人)
コーディネーター 久津輪 雅
主催 岐阜県
3月末、高山市の日下部民藝館に木工、建築、刃物製造業などの関係者や行政職員など50人が集まり、彫刻ノミや彫刻刀などの道具作りの現状と課題、求められる対策について話し合いました。中心となったのは「千代鶴貞秀」の鉋鍛冶職人・森田直樹さんによる、「小信」の彫刻ノミ鍛冶職人・齊藤和芳さんのもとでの1週間の研修報告です。森田さんは40代、齊藤さんは70代。主要な製品は異なりますが千代鶴も小信も道具鍛冶の名門です。専門分野の違いを超えて一流の技術を受け継ごうと努力する職人の言葉に、日が暮れて冷え込み始めた会場で参加者全員がじっと聞き入りました。
この集会は、岐阜県が2019年度より続けている文化財の保存修理や伝統工芸品の生産に用いられる道具の調査事業の一環として実施したものです。調査のきっかけは、岐阜県には木工や建築の道具を専門に作る鍛冶職人がおらず県外からの供給に頼っているため、実態を把握してほしいという声が現場の職人から上がったことでした。調査を続けるうち、彫刻刃物は極めて多品種・少量、時には一点物の特注生産が求められるため、鍛冶職人が減少・高齢化していて、将来が危ぶまれる状況にあることが明らかになってきました。特に大きな出来事は、2021年秋の「小信廃業へ」のニュースでした。東京都西東京市の小信製作所は昭和初期から続く彫刻刃物鍛冶で、その刃物は高村光雲の一門に連なる木彫作家に愛用され、東京藝術大学など美術系大学にも長年にわたり採用されてきました。さらに国宝や重要文化財の仏像修理などにも用いられ高い評価を得てきました。鍛冶職人の齊藤和芳さんが高齢のため廃業を決断すると、関係者の間に動揺が走りました。
彫刻刃物は岐阜県の文化財や伝統工芸にも深く関わっています。関市の日本刀の鞘づくりには鞘師ノミという特殊な形状の道具が欠かせません。また、高山市の祭屋台や一位一刀彫にはさまざまな彫刻ノミ、小道具ノミ、彫刻刀が使われます。そのため、まずこうした道具を製造できる鍛冶職人が日本のどこに何人いるのか、実態調査を行うことから始めました。調査の対象としたのは鍛接・鍛造技術を持ち特注品にも対応できる事業所で、量産メーカー等は含めませんでした。私達が調べた限りでは、東日本に5軒、西日本に6軒あることが分かりました。
・小信製作所(東京都西東京市・廃業予定)
・八重樫打刃物製作所(東京都葛飾区)
・小倉彫刻刃物製作所(埼玉県越谷市)
・高橋製作所(埼玉県さいたま市)
・清綱彫刻刃物製作所(福島県郡山市)
・今井義延刃物製作所(京都府京都市)
・髙橋特殊鑿製作所(兵庫県三木市)
・髙橋和巳特殊鑿製作所(同)
・髙昇鑿製作所(同)
・小山市刃物製作所(同)
・高田製作所(同)
昨年12月から今年1月にかけて、私、森田さん、西禎恒さんの3人で上記のすべてを訪問し、聞き取り調査を実施しました。このうち、40代以下の後継者がいるのは八重樫打刃物製作所だけでした。鍛冶職人の年齢からすると、10年後には事業所の数が半分以下になることも危惧されます。この調査の際に森田さんが小信での研修の希望を申し出て、齊藤さんに受け入れてもらうことになったのです。そもそも森田さんに調査メンバーに加わってもらったのは、日本のさまざまな伝統工芸品全体を刃物づくりで支えようという、広い視野を持って仕事に取り組んでいるのを森田さんに感じたからでした。今回もまさにそんな思いからの申し出だったのだと思います。
この調査を通じて、公益財団法人美術院や文化庁とも連絡を取り合うようになりました。特に美術院で長年国宝や重要文化財の保存修理に携わってきた門脇豊さんは、小信廃業の報せに危機感を強く抱き、文化庁や東京文化財研究所とも協力して記録映像製作などの対策に乗り出していました。門脇さんに森田さんが小信へ研修に入ることになったことを伝えると大変喜んでくださり、門脇さんが持つ50本もの小信の彫刻刃物を森田さんに貸し出してくれました。森田さんは研修までの2ヶ月間、それらを図面に起こし、一部をまねて何度も試作してから研修に臨んだそうです。おそらくその間、自分の仕事はほとんどできなかったはずです。
一方、門脇さんには、文化財の保存修理においてどのような形状や性能の彫刻刃物が求められるのか発表をお願いしていましたが、当日はご家庭の事情のため登壇はかなわず、門脇さんに用意していただいた資料を会場で代読しました。また、会場には高山市の一位一刀彫や仏像彫刻の職人にも来ていただき、道具の使い手の立場から発言してもらいました。会場を高山にしたのは、道具の作り手と使い手が共に集う会にしたかったためです。そして日下部民藝館が高山の建築・木工文化を象徴する建物だからです。
森田さんの研修報告は、治具の種類、火造りやヤスリがけの工程の詳細など、鍛冶仕事の専門的な内容でありながら、すべてのものづくりにも当てはまるような非常に優れたものでした。まず動作を見る、音を聞く、同じことができるようにまねてみる。森田さんが2代目千代鶴貞秀・神吉(かんき)岩雄さんのもとで実践したやり方で小信・齊藤さんに向き合い、少しでも多くのことを学び取ろうとしたことが伝わりました。「情報量が多くて頭がパンクしそうだった」「1週間の滞在が1ヶ月にも感じられるぐらい学ばせてもらった」というほど、中身の濃い研修だったそうです。また、私自身が齊藤さんに接した際、常に道具の使い手のことを考えて最善を尽くそうとする齊藤さんの職人哲学に強く心を動かされました。問屋を介さず使い手と直接取引し、さまざまな注文に応えてきた小信ならではの哲学の積み重ねが感じられました。森田さんも技術面に加え、齊藤さんのそうした精神面からも学ぶところが大きかったそうです。
歴史ある小信がまもなく廃業するという場面において、基本を備えた中堅世代の実力者が短期集中で知識や技術を受け継ぐという、限られた条件下では最善の一手を打つことができたのではないかと思います。しかし、彫刻刃物をめぐる現状が危機的であることには変わりなく、次々に新たな手を打ち続ける必要があります。私としては、広い視野と責任感を持って行動する森田さんのような鍛冶職人を支えていきたいと考えています。
私が調査の過程で課題だと感じたのは、道具鍛冶職人が日本の文化財や伝統工芸を支える存在であることが国に認定されていないことです。象徴的なのは2020年にユネスコ無形文化遺産に登録された「日本の伝統建築工匠の技」です。建造物木工、建具製作、日本産漆生産・精製など17件の技術から構成されていますが、この中に道具を作る鍛冶技術が入っていないのです。原因は、上記の17件はすべて文化庁から「選定保存技術」に認定され、それぞれに保存団体が存在するのに、鍛冶技術にはそうした団体がないことだと私は考えています。そのため「日本文化財道具鍛冶協会(仮称)」のような全国組織を作り、国から認定を受けるとともに、今回齊藤さんのもとで森田さんが実践したような、産地や世代や業種を超えた技術研修や情報交換などを実現したいと考えています。
この件では先日も「越後三条ミニ削ろう会」へ伺い、三条市役所、三条鍛冶道場、鍛冶職人の方々と意見交換してきました。これからも実現に向けて、各地の関係者のみなさんと話し合いを重ねていきたいと思います。引き続きよろしくお願いいたします。
※「削ろう会」第106号会報に寄稿したものを、削ろう会事務局の許可を得て掲載しています。