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2017年02月25日(土)

教員リレーエッセイ6:林業の現場にエビデンスを

横井 秀一(林業)

今、多様な森林施業を展開する技術力が求められている

林業関係者、あるいは林業に関心がある方は、“「植えて育てる時代」から「伐って使う時代」に”というフレーズを何回となく耳にし、目にしているかと思います。これは確かに正しい。しかし、ことはそう簡単ではありません。

今は、「右向け右」という号令(古いですかね)で皆が一斉に同じ方向を向けばよいという時代ではありません。キーワードは、『多様性』です。これからは、時代に適応した、あるいは時代を先取りする、多様な森林施業を展開していくことが必要となるのです。

森林施業が多様であるといっても、それは施業の複雑化とは違います。一つ一つの施業は、できるだけ単純に考えたほうがよいと思います。大事なのは、どの施業を選択するかということです。この選択で重要なのは、きちんとしたエビデンス(根拠・証拠)に基づいた判断をするということです。森林施業、とくに森づくりの場面では、科学的知見、技術的合理性、経済的合理性がその拠り所になります。

森林経営者、あるいは山林所有者に代わって森林経営・森林施業を担う人は、持続的な経営を模索するだけでなく、水土保全や生物多様性保全といった公益的機能の持続的な発揮を果たすことも実現させなければなりません。もちろん、これは今に始まったことではありません。

しかし、今後は今までどおりの森林経営では通用しなくなってきています。例えば、かつて目指したモノカルチャー的な林業からの脱却や、補助金の呪縛からの解放を考える時期にきているのです。その実現に欠かせないのが、エビデンスに基づく多様な森林施業だといえるでしょう。

ヒノキ人工林に樹下植栽されたヒノキを観察し、林木にとっての光の意味を考える

林業の作業技術にもエビデンスが必要

エビデンスが必要なのは、一つ一つの作業においても然りです。その作業がどんな科学的知見に基づいたものであるかを理解した上で、技術的合理性・経済的合理性から作業を見ることで、作業そのものの必要性を判断したり、現場や目的に応じた作業方法を工夫したりすることが可能になるからです。

現場の林業技術者の世代交代が進む中、これまでのような先輩の技術を盗むということが難しくなっています。現場の仕事でも、新植地や若い造林地が少なくなったために造林作業や育林作業の現場が少なくなり、技術を伝承する機会もなくなってきています。一方で、高齢林の間伐や針葉樹人工林の広葉樹林化など、これまでに経験していない作業も増えてきました。

加えて、林業の現場はそれぞれが一点ものと言ってもいいくらい、現場現場で条件が異なります。そこに導入する林業技術は、その現場に適応したものでなくてはならず、もちろん、作業の目的を果たすものでなければなりません。その作業技術は、普遍的な要素と現場に特有な要素の組み合わせになるはずです。多様な森林施業を支えるのは、現場合わせの最適な技術なのです。

ヒノキ新植地の植生を観察し、天然更新の可能性や下刈りの意義を考える

樹木学~森林生態学~森林施業をつなぐアカデミーの授業

私がアカデミーで担当する授業は、主に林業全般に関する授業と森づくり(造林・育林)に関する授業です。森づくりに関わる講義や実習では、学生に、エビデンスに基づいて施業の選択ができるようになり、作業の仕方を考えられるようになってほしいと強く願いながら授業を行っています。

いつも口にするのは、「木は生き物であり、森林は生き物の集団である」という当たり前のことと、「森林は自律的に発達するもので、なるようにしかならない。人ができることは、自然の営みに少し手を貸して、それを少しだけ人に都合がよい方向に導くことだけ」という施業に向かう基本的な姿勢です。

いまお話ししているテーマに関する授業を、クリエーター科の林業専攻の科目を例に紹介しましょう。学生はまず、『生態学の基礎』、『樹木の形態と生理』、『樹木同定実習』などで、樹木・森林の生物学的な基礎を学びます。これらの科目は、私とは別の、それぞれに明るい教員が担当しています。これらの科目を学んだ後、あるいは学びながら、生き物としての樹木・森林と施業をつないでいく以下の科目を私が担当します。

『造林の基礎』では、基本的な造林作業・育林作業がどんな科学的知見や技術的合理性の上に組み立てられているのかを学びます。

『森林施業と森林生態』では、森林で生態学的現象を観察しながら、現象の科学的な見方を学び、それをどう林業技術に応用できるかを考えます。

『樹木学実習』では、その樹種を育てるためのヒントを探るために、樹木の形態・生態を深掘りします。もちろん、何に利用されて、そのためにはどんな形質が求められるか、すなわちどんな育て方をするとよいのかということも一緒に学びます。

『多様な森林施業』では、目的・対象森林に応じた多様な施業があることを、そしてそれぞれにどんな視点や理論的背景があり、それを今後どのように展開していけばよいかを学びます。

そして『森林施業演習』では、様々な現場において、そこで何が起こっているのかを見つけ、どんな施業をしていけばよいのかを考えます。

スギ人工林の伐採跡地の植生を観察し、天然更新による広葉樹林化の可能性を考える

順応的管理ができる力を-広葉樹林化技術を例に

不確定要素が多く、不確実性が高い現場では、順応的管理という考え方で施業に取り組むことが必要です。これは、そのときに最善と考えられる計画を立てて作業に臨み、その結果を検証し、必要に応じて計画を立て直し実行する、ということを繰り返しながら目標とする姿に近づけていくという実践の仕方です。

例えばということで、針葉樹人工林を天然更新によって針広混交林あるいは広葉樹林に誘導しようとする場面を考えてみましょう。実際の話として、最近、こうした発言をよく耳にします。しかし、多くはエビデンスが伴ったものではなく、「こうなったらいいな」という希望的観測です。もし本気で進める気があるのなら、対象となる現場現場でエビデンスに基づいた判断と作業の実施が必要です。先日、その方向性を示すプロジェクト研究の成果が技術パッケージとして公開されました(私もプロジェクトに関わりました)。

この技術では、人工林を皆伐して放置することは対象としていません。それは単なる収奪行為であって、林業技術ではないからです。「やばいかも」となったときに引き返す道を残しておくために、間伐をスタートとしています。

実は、針葉樹人工林を伐採して林内を明るくしたとき生えてくるのは、低木性~小高木性の樹種がほとんどです。次代を担うような高木性広葉樹が生えてくるのは希だと思った方がいいのです。すなわち、「やばい。これだと藪にはなっても森林にはならないかも」という状況が生じることが多いということです。だから、それに対するセーフティーネットをかけておくわけです。

もし高木性広葉樹が生えたきたら、次のステップに進めます。樹種に応じた、また成長段階に応じた最適な光環境になるよう、追加の伐採を検討します。この技術パッケージには、そのための林内光環境を予測するツールがあります。こうしたツールで予測はできるものの、やはり大事なのは現場における観察と、それに基づく判断です。

この技術を貫く考えも、“エビデンスに基づいた判断をしながら最適な施業を構築してください”というものです。この技術パッケージは、次年度以降の授業に取り入れていこうと思っています。

なお、この研究成果に関心を持たれた方は、こちらのページをご覧ください。成果概要にある『広葉樹林化技術(本編)』と『広葉樹林化技術(資料編)-現場で集められた知見』は、私が作成した資料です。また、解説動画(パート2)には私も出演しています(恥ずかしい)。

 

林業を目指す人たちへ

ここに述べたことは、林業の一部を切り取ったに過ぎず、アカデミーの授業もこれだけではありません。森林経営や林業には、多角的な視点と幅広い知見が必要です。アカデミーのカリキュラムには、それらの要素がたくさん詰まっています。それを単なる知識として伝えるのではなく、学長がいつも述べている「現地現物主義」による学びとして提供しています。心ある方、どうぞアカデミーの門をたたいてください

 

今年度,まだ入試を受けるチャンスがあります(3/13まで願書を受け付けます)。この記事を見て興味を持ったあなたのご応募をお待ちしています。