教員リレーエッセイ11:山からの恵みをいただく
津田格(林業)
山の資源を利用してきた森林文化
山には様々な資源があり、地域の人々が適切に利用し、維持してきました。建築や家具作りに使われる木材もそのひとつで、その生産管理~利用の流れは森林文化アカデミーでの学びの主軸となっています。しかし山からの恵みはそれだけではありません。例えば山菜、きのこ、木の実などの食料、薬用植物や、薪、炭などの燃料、さらには漆、蝋、油や、民具、工芸品の材料としての竹類や樹木なども人々に採られ利用されてきました。こういった建築材、家具材以外の森の恵みを「特用林産物」と言います。
しかしそれらの多くは時代の流れとともに使われなくなっています。きのこ類はいまでも普通に食卓にあがっていますが、山のものを直接採ってきて食べている事例は多くありません(それでも飛騨、東濃地方などでは野生のきのこを採って食べる文化が残っています)。
マツタケは野生のものをとって利用している数少ない例ですが、知っての通り減少傾向にあります。その原因は里山に手を入れなくなったからです(人の手が入りつつ、生物が豊かな環境が維持されてきた里山については柳沢准教授のエッセイをご覧ください)。かつて地域の人たちは里山林のひとつであるアカマツ林の地面に落ちている松葉を掻き集めて持って帰り(岐阜ではこのことを「まつご掻き」、「ごう掻き」と呼んでいました)、日々の燃料などに使っていました。そのことがアカマツ林を維持し、マツタケが発生しやすい環境を作り出していたのです。けれども今はそれが途絶え、アカマツ林自体も植生遷移の進行や松枯れにより衰退しています。
きのこの栽培を考える
マツタケ山の復活は多くの人が期待するところですが、これは適当なアカマツ林がないとできず、たとえあったとしてもマツタケに適した環境条件に戻すのには時間がかかります。アカマツが無くても、広葉樹の里山であっても手軽にできることとして、授業の中できのこの原木栽培を行っています。最も簡単なのはシイタケなどの木材腐朽菌(木材を分解して栄養をとって育つ菌類)の原木栽培です。これは山から伐ってきた木に種菌を接種してきのこを栽培する方法で、比較的手を出しやすい里山の利用方法です。里山から直接きのこを採ってきている訳ではありませんが、ひと手間かけて山の恵みをいただくことができます。
しかしこの利用も現状の里山ではおいそれとは行きません。シイタケ栽培に適した樹種であるコナラの木は周辺の里山に沢山ありますが、そのほとんどは大きくなってしまっています。そのような大径木はシイタケ栽培の原木としては移動も困難で使いにくいのです。伐って更新させれば、十数年後に適当なサイズの木の林になりますが、とりあえず今伐って出てくる大径木が問題です。
マイタケの原木栽培
そこで大径木でも割って使うことのできるマイタケの原木栽培を授業のなかで行っています。マイタケの原木栽培では大径木だけでなく、シイタケ等よりも幅広い樹種の木を使うことも可能です。原木栽培のマイタケは天然マイタケに近い味や香りがあり、付加価値のある産物として売りだせます。一方、マイタケは雑菌に弱いため、栽培にあたっては原木を煮沸殺菌したり、無菌的な環境で種菌を接種するなど、それなりの手間と技術を必要とします。そう聞くとハードルが高いように思われますが、地域の人たちと試行錯誤しながら、一般の人にも取り組みやすい方法を確立してきました。
また原木の煮沸殺菌の際にできる煮汁には樹皮に含まれていたタンニンが溶け出しており、それを草木染めに使ったりもしています(このことから同時にタンニンの利用も学ぶことが出来ます。タンニンは様々な樹種から採取されてきた歴史があり、これも山の資源のひとつです)。手間のかかる過程を、楽しみながら取り組むことも大切です。
マイタケ原木栽培では、接種作業したその年の秋にきのこを収穫することが出来ます。成果がはやく体感できることもモチベーションの維持につながります。さらに栽培が容易なシイタケ、ナメコ、ヒラタケなど他のきのこ類もあわせて取り組んだり、薪利用などと組み合わせることで里山の木を幅広く使うことができます。
山の価値を引き出す様々な視点を持ちましょう
山の価値は多様です。マイタケ栽培はその価値を引き出すための一例にすぎず、他にも様々な価値が埋もれています。クリエーター科の森林利活用分野では今回紹介したようなきのこ栽培や野生きのこの同定方法、山菜や粗朶、バイオマスの利用なども授業の中で学ぶことが出来ます。それらの様々な学びは山の価値を引き出すための一助となるでしょう。
森林文化アカデミーでは、これまでのリレーエッセイに書かれているように、森林や木材の利活用に関連する幅広い学びを提供しています。興味を持たれた方は是非アカデミーにおいでください。