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2017年11月04日(土)

さじフェス Sajifest2017 ②ヨゲ・スンクヴィストさん

ヨゲ・スンクヴィストさんのスプーンやバターナイフ

ヨゲ・スンクヴィストさんのスプーンやバターナイフ

さじフェスで講師を務めたヨゲ・スンクヴィストさんは、お祖父さんの代からの木工家です。カラフルでポップな作品が特徴です。しかしそのデザインや色使いは、まったくの創作というわけではないのです。

ヨゲさん講演

初日のヨゲさんの講演は、こんなお話から始まりました。ヨゲさんはある時、新聞記者からあなたはアーティストかと問われて、自分はアーティストではなく木工家だ、それは自分のものづくりは4つの壁に規定されているからだ、と答えたのだそうです。

それは、
①材料
②道具と技術
③伝統
④民芸
の4つです。

ヨゲさんは生木を手工具で割ったり削ったりして、スプーン、器、椅子などの暮らしの道具を作ります。機械に頼らないからこそ、①作りたい物にふさわしい木を選ばなければならない。②最適な道具をうまく使いこなさなければならない、ということです。

また、スウェーデンのSlöjd(スロイド、工芸)という言葉は1000年も前のバイキング時代に由来しており、③木工は、農民たちが暮らしに必要なものを自ら作るという、その当時からの伝統に基づくということです。

④番目は、農民たちがどんなに貧しくても、自作の器やスプーンに美しい装飾を施さずにはいられなかったという、スウェーデンの伝統です。世界各地にそうした民芸の伝統がありますが、スウェーデンの農民たちの暮らしの道具には、天然顔料による彩色や細かな彫刻が施されてきました。

ヨゲさんは、「今ならお気に入りの作家の作品をインスタグラムで簡単にフォローできるけど、17世紀の農民の作品をスマホでフォローするのは難しいですよね」と冗談交じりに語ります。だから30年前から民族博物館に足繁く通い、農民たちの作品に学んできたのだそうです。

 

実は私は2016年にスウェーデンを訪れた際に、ヨゲさんに北方民族博物館の収蔵庫へ案内してもらったことがあります。北方民族博物館(Nordiska Museet)は首都ストックホルムにありますが、150万点もの資料を保管する収蔵庫はJulitaという町にあります。見学には許可が必要です。

そこで撮影した写真はブログ等に公開できないのですが、圧巻のコレクションで、ひとつひとつの暮らしの道具が素朴で美しいものばかりでした。
収蔵品の一部は、博物館のデジタル・アーカイブで見ることができます。たとえばスプーンを検索すると、次の通りです。

スプーンの検索結果:
https://digitaltmuseum.se/search/?context=thing&aq=text%3A%22sked%22&o=0&n=560

19世紀のスプーン

19世紀の木のスプーン(Nordiska Museet Digital Museumより)

スウェーデンにおける木のスプーンは、ただの食事の道具ではありませんでした。男性が好きな女性にアプローチするとき、心を込めて作ったスプーンを贈るのだそうです。受け取ってもらえたら、交際成立のサインです。

 

19世紀の紡績の道具

19世紀の糸紡ぎの道具(Upplands Museet Digital Museumより)

そしてこれはスウェーデン語でLinfäste、英語でDistaffと呼ばれる、糸紡ぎの道具の一部です。本来は麻などの繊維を巻いておく板や棒なので装飾はいらないはずですが、男性がいよいよ結婚を申し込む時に、これまた心を込めて色を塗り、彫刻を施して女性に贈るのだそうです。「これだけの甲斐性があるから結婚しても大丈夫」という男性のアピールも込められているとか。

 

さて、木工家の3代目に生まれたヨゲさんにとっては、特に③の「伝統」の壁が一番大きく重い存在だったとのこと。やがて作品づくりを続けるうち、4つの壁にがんじがらめになってしまいます。たまたまその時、当時9歳だった娘さんとの会話の中から、壁を乗り越えるきっかけが生まれました。

ウッレ・オルソンのイラスト

ヨゲさんの娘が描いたウッレ・オルソン

娘のヒレヴィさんは工房にあった椅子を指して「これは誰が作ったの?」。ヨゲさんは冗談交じりに「ウッレ・オルソンという気難しい職人だよ」と答えます(実はヨゲさん自身が制作途中の椅子だったのですが)。するとしばらくして、ヒレヴィさんがスケッチを持って工房に戻ってきました。そこに描かれていたのは気難しい職人ではなく、ものを作る喜びにあふれたウッレおじさんと、飼っている動物たちでした。このスケッチを目にしたとたん、伝統を重んじながらもオリジナリティを加えて壁を突き抜けていくエネルギーが生まれたとのことでした。以来ヨゲさんは自身の制作活動に、ウッレおじさんに由来する「Surolleスルウッレ」という名前を用いています。

ヨゲ・スンクヴィストさんの椅子の背

ヨゲ・スンクヴィストさんの椅子の背

先のブログに「グリーンウッドワークを日本に紹介する時、海外のやり方をそのまま伝えるのではなく、日本の昔からの技術やデザインも紹介したいと思っています」と書きましたが、それは私自身がヨゲさんをはじめ海外の一流のグリーンウッドワーカーたちから学んできた姿勢でもあります。ヨゲさんはそのことを、さじフェスでも分かりやすく、楽しく伝えてくれました。

久津輪 雅(木工・准教授)