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2017年09月23日(土)

黒田辰秋の彫花文はどこから?

木工教員の久津輪です。
昨年、『ゴッホの椅子〜黒田辰秋が愛した椅子〜』という本を執筆したことから、京都で開催中の「京の至宝・黒田辰秋展」を少しお手伝いさせていただいています。黒田辰秋は日本で初めて木工芸分野で人間国宝に認定された偉大な工芸家ですので、関わらせていただけるのはとても不思議なご縁で、光栄なことです。私は9月29〜30日に実施する「辰秋を彫る!木工ワークショップ」の企画を担当し、当日はアシスタントを務めます。講師は、黒田辰秋の孫で中学校で美術を教えている黒田悟一さん。辰秋が生涯のモチーフとしてきた「彫花文」を彫ります。きっと楽しいワークショップになると思います。

黒田辰秋と黒澤明の椅子

黒澤明のための椅子を制作中の黒田辰秋。背板に大きな彫花文が刻まれている。撮影:黒田乾吉

さて、黒田辰秋は20代の頃からこの「彫花文」をさまざまな作品に繰り返し彫り続けてきました。そのルーツはどこにあるのか、詳しく分かっていなかったのですが、最近になって黒田悟一さんが有力な資料を見つけました。黒田家に保管されていた、ドイツ語の『DAS MÖBEL WERK(家具)』という分厚い書籍です。古代エジプトから現代家具に至るまで、世界各地の優れた家具を紹介した本です。この中に「イングランド、1500年頃、ゴシック様式、楢のチェスト(eichentruhen)」と記された家具が登場するのですが、そこに刻まれている文様が、黒田辰秋の彫花文にそっくりなのです。

DAS MOBEL WERK表紙

DAS MOBER WERK掲載の家具

黒田悟一さんによれば、この書籍は民藝運動の支援者であった大阪毎日新聞社の京都支局長、岩井武俊氏から、黒田辰秋に贈られたものだそうです。インターネットの検索ではこの書籍の出版年がはっきりしないのですが、1926年と記されているサイトがありました。そうだとすれば、黒田は当時22歳。ちょうど黒田が民藝運動に関わり始め、岩井氏とも知己を得た時期と重なります。京都の町家で育った黒田が独学で学んだ木工技術で洋家具を作り始めるに当たり、重要な参考書籍となったことも考えられます。

黒田の工房で仕事を手伝った経験を持つ美術評論家の青木正弘氏によれば、黒田は若い頃から西欧の家具の書籍を参照しており、どこかに彫花文のような写真もあったといいます。黒田悟一さんが青木さんにこの書籍を見せたところ、おそらくこの本だったのではないか、とのことでした。

 

この写真の左側には、Victoria and Albert Museum, Londonとの注釈があります。そこでロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート美術館のウェブサイトで所蔵品を検索したところ、このチェストを見つけることができました。
https://collections.vam.ac.uk/item/O93906/chest-unknown/

ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館所蔵のチェスト

© Victoria and Albert Museum, London

ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館所蔵のチェスト彫刻部

© Victoria and Albert Museum, London

ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館所蔵のチェスト内部

© Victoria and Albert Museum, London

1500年頃の作、制作者は不明、イングランド東部の作ではないか、等、ウェブサイトには詳しい記述が載っていますので、興味のある方は参照してください。(余談ですが、よく見ると右端と左端の文様の横のスペースが異なっており、45mmほど切り落として小さいチェストとして再利用したのでは、彫刻家による墨付けのミスではないか、右端が傷んでいたので切り落とした可能性もある、などの考察が載っていて、さすがアンティークの国イギリスと思わされます)

なお、このチェストは現在、イングランド東部のウールズソープ・マナーハウスという所に貸し出されており、展示されているようです。この建物は、万有引力の法則を発見したアイザック・ニュートンの生家だそうです。

 

黒田辰秋は晩年、新聞社のインタビューにこう答えています。「新しいもんなんて、ないですね。ちゃんと前にできている。ただ感じ方で新しく生かすということだけ。“温故知新”という言葉、なかなか言い得て妙ですよ」(1975年3月15日、京都新聞)。私は、黒田が宮内庁から椅子づくりの依頼を受けた時、はるばるスペインの「ゴッホの椅子」と呼ばれた素朴な民芸椅子をはじめヨーロッパ各地の椅子を見学に行き、それらの知見を踏まえて椅子を制作したことを本に書きました。もしこのチェストが黒田の彫花文のルーツであったとすれば、同じ志を感じます。

黒田辰秋のように、昔の優れたものを見て学び、高めてゆく姿勢を、私たちも持っていたいと思います。

(久津輪 雅)

 

※9/30の「辰秋を彫る!木工ワークショップ」、まだ中学・高校生向けの会に空きがあります(9/23現在)。お知り合いに中学・高校生の方がいらしたら、ぜひ勧めてあげてください。お申込みは電話にて美術館「えき」KYOTOへ、075-342-5692です。