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2021年04月17日(土)

「樹の一脚展」椅子づくり裏ばなし

全国から30組が出品した「樹の一脚展」。人間国宝、著名な木工家、椅子の名手たちがいる中で、私は生木で作るグリーンウッドワーカー。1人だけ素人っぽく見えたらどうしよう。恥ずかしくないものにしないと。緊張の中で椅子づくりをスタートさせました。

当初考えていたのは、森の生命感が伝わるものにしたいということ。だからまず材料が提供される埼玉県三富地域の森を歩き、そこでイメージを膨らまそうと思っていたのです。しかし、緊急事態宣言のために県外への移動が禁止になり、材料は埼玉の木こりの方から送っていただくことに。電話でどんな樹が育っているのかお聞きして、なるべく細いものをとお願いして伐っていただいたのが写真の3本、リョウブ、アオハダ、ムクノキです。下の2本は直径125mmほどでした。樹皮をきれいに洗って届けてくださり、包みを開けたときに感激したのを覚えています。

3本の小径丸太

岐阜に届いた3本の丸太。上からリョウブ、アオハダ、ムクノキ。

この写真を撮ったのが1月17日、納品の13日前(焦!)。丸太を前にして、さてどう料理しようかと考えること1時間あまり。ふと、真ん中の丸太の曲がり具合が椅子の後脚のように見えてきたのです。そこで以前グリーンウッドワークで作った椅子を丸太に重ねてみました。

以前作った椅子を丸太に重ねてみる。

以前作った椅子を丸太に重ねてみる。

おぉ、椅子の脚に見えてきたぞ。ここで普段のグリーンウッドワークなら、斧で割って加工していきます。でもアオハダという木は以前使ったことがあるのですが、繊維に沿って割れなかったのです。しかも今回与えられた材料はこれだけで、失敗ができません。安全策を取り、バンドソーを使うことにしました。「生木を手道具で加工する」というグリーンウッドワークの教義(笑)に厳密には則っていないかもしれませんが、そこはバランスですよね。

アオハダをバンドソーで挽く(切断する)

アオハダをバンドソーで挽く。緊張のとき。

まずは左右対称になる位置で半分に、さらに木の形に沿って半分にバンドソーで挽きました。なかなか良い形です。下の写真の中央2本を後脚、両端2本を前脚にする想定です。

木の形に沿って4本に挽き割ったところ

木の形に沿って4本に挽き割ったところ。

挽いたばかりの4本を椅子に沿わせて立ててみました。おっ、いい感じ!
たしかこの時、樹皮を残したまま作ることを考え始めました。樹皮を見せることで生命感を表現できるかもしれないと。それに目立つし(笑)。普段はこの後、曲げ木をするのですが、材を蒸して曲げると樹皮ははがれてしまいます。でも今回は材の曲がりをそのまま活かすので、蒸す工程がないのです。それでも加工や組み立ての途中ではがれてくる恐れもありましたが、まあその時はその時、と思っていました。

4本を椅子に沿わせて立ててみたところ。

4本を椅子に沿わせて立ててみたところ。おっ行けそうだと感じた瞬間。

さらに椅子の脚らしく見えるよう、バンドソーで切り抜きました。普通、椅子の脚は地面に近い方を細くするものですが、今回は逆に太くしました。アオハダの樹が大地に立っている姿を表現したかったのです。すべて思いつきで決めていきました。

さらにバンドソーで脚の形に切り抜く。

さらにバンドソーで脚の形に切り抜く。

内側を鉋でざっと平らに削って、基準となる面を作り、角度を決めて穴を開け、細い棒を貫の代わりに入れて仮組み。この写真では良い具合に見えますが、矢印の穴の角度が3度ぐらい違っていて、真上から見ると形が歪んでしまったのです。そのため、穴をいったん埋めて開け直しています。自然の形を活かすと完全に左右対称にはならないので、こういうところが大変でした。

仮の貫を入れて仮組み。

仮の貫を入れて仮組み。矢印の穴は後で開け直した。

アオハダの木は4本の脚と座枠で使い切ってしまったので、背板と貫はムクノキを使うことに。材としては初めて使う樹種です(ムクノキは、葉がザラザラしていて昔から研磨材として使われており、森林文化アカデミーでも葉を使っています)。

ムクノキの丸太を長さ1メートルの半分で切り、一方の50cmから貫を6本。もう一方の50cmから背板を2枚。背板は曲げ木をするので、失敗したときの予備も含めて4枚取りました。貫は生木のままだと緩んでしまうので、先端にホゾ加工をして、組み立てる前にしっかり乾かします。

ここまで作業して1日目を終了。夜11時すぎ。ふぅ疲れた・・・。

椅子の貫や座枠。

左の6本がムクノキの貫。右の4本がアオハダの座枠。

翌1月18日、ムクノキの曲げ木。90度で30分ほど蒸して曲げます。ありがたいことに、とてもよく曲がってくれる樹種でした。ちなみにこのような簡単な設備でできる曲げ木の技法について、5月上旬発売の雑誌『ドゥーパ』142号の記事で詳しく解説しています(宣伝でした♪)。

背板を曲げ木加工したところ。

背板を曲げ木加工したところ。この曲げ型にはめて一晩置く。

背板は曲げ型にはめて一晩置いてから、内側も乾かすために型から外します。普段はストーブの横に置くなどしてゆっくり乾かすのですが、今回は時間がなかったので、背板・座枠・貫は乾燥機に入れて60度で3日間人工乾燥させました。

背板・座枠・貫は人工乾燥させた。

背板・座枠・貫は人工乾燥させた。

実はこの時期、別の椅子も作っていたのです。雑誌『ドゥーパ』141号の記事のために、クリの丸太からスツールを作る準備をしていました。撮影日が1月24日だったので、それまでに試作を2脚、撮影用に半加工した部材を1脚分。ほかに授業もあったし、研修もあったし、この時期は大変だったなあ・・・。

ドゥーパ141号の撮影風景

ドゥーパ141号の撮影風景。クリのスツールを製作。モデルは山路今日子さん、撮影は門馬央典さん。

しっかり乾かした背板を削ってざっと形を整え、組んでみたのが1月27日、納品3日前。でも、何だかカッコ悪いのです!ここまで「俺は天才だ!」「すごいのができるぞ!」と自分を鼓舞しながら作ってきたのですが、一番落ち込んだのがこの時でした。人間国宝や著名木工家の美しい椅子の横に並ぶこのへんてこな椅子を見て、来場者が「何これ?」と笑う姿が目に浮かびました。

背板を成形して組んだところ。

背板を成形して組んだところ。カッコ悪い・・・_| ̄|○

翌日、背板を修正して本組み。普段は接着剤を使わず、生木が乾いて縮むことにより接合部分が締まるようにするのですが、今回は初めて椅子に使う樹種だったこともあり、念のため接着剤も使いました。

この時点でも形が気に入らず、組み上がった椅子にまたがって南京鉋であちこち削り直しています。

組み立てが終了。まだ気に入らない。

組み立てが終了。まだ気に入らない。

納品前夜にようやく形がまとまり、座編みを開始。素材は伝統的な「い草縄」にするか、現代的なペーパーコード(紙紐)にするか考えましたが、い草縄を選択。完成して家に持って帰ったら、妻から「樹皮つきのラフな椅子だから、あえてペーパーコードが良かったんじゃないの?」と言われ少しめげましたが(笑)、結果的にはこの選択で良かったと思っています。アオハダの樹皮に、新しいい草縄の青色がよく合っています。

発送前夜に座編み。

発送前夜に座編み。

1月30日、東京へ送る日の朝に自宅で写真を撮りました。図面なし、ぶっつけ本番で臨んだにしては、何とかまとまってほっと一安心。脚は当初、穴開けの角度を測るために内側を平らに削ったのですが、アオハダは白くて木目もはっきりしないので、シルエットが際立つよう平面を残し、角を立たせました。初めてやってみた形ですが、それも効果的だったと思います。塗装はオイルを塗ってしまうとせっかくの白い肌が黄色くなってしまうため、あえて無塗装にしました。

椅子を斜め上から。

椅子を斜め上から。

この椅子を横から見た姿は結構気に入っています。ただ座ってみると上の背板が手前に出すぎていて、下の背板が体に当たりません。上の背板を接合するための穴開けの角度がわずかに違っていたためで、なかなか難しいところです。

椅子を横から。

椅子を横から。

後ろから見たところ。自然の木なので左右が完全に対称にはならないため、内側を削ってなるべく対称になるよう調整しています。後脚がこんな風にカーブした椅子、ヨーロッパによくあります。

椅子を後ろから。

椅子を後ろから。

後脚の樹皮に、わずかに赤い鉛筆の跡が残っています。これは「アオハダ」と書いて送ってくれた、埼玉県の木こりの成瀬吉明さんの字。「樹の一脚展」は森の担い手と木の作り手がつながることがテーマの一つなので、サインを消さずにとっておきました。

アオハダと書かれた赤い鉛筆の跡。

アオハダと書かれた赤い鉛筆の跡。

後日、「樹の一脚展」の講演会収録で上京した際、成瀬さんがアオハダとムクノキが育った森を案内してくれました。切り株を見たときは、何だか初めて親の実家を訪ねたときのような気分でしたね。

埼玉県・三富地域の平地林

埼玉県・三富地域の平地林

アオハダの切り株。ここで育った木が椅子になった。

アオハダの切り株。ここで育った木が私の椅子になりました。

限られた時間と材料で取り組んだ一脚の椅子。大変でしたが面白かったです。自然の曲がりを活かして4本の脚を取る手法は、今後も試してみようと思います。

久津輪 雅(木工・教授)