学びの祭典!令和4年度「課題研究公表会」
今年も開催しました!アカデミー最大のイベントである【課題研究公表会】です。
2年制専修学校でありながら、この水準の研究発表ができるのは、常勤教員が18名いて学びの密度が高いアカデミーならではです。
2023年2月20日。21日の2日間に渡る発表の様子とその概要を、まとめてレポートします。
当日の様子をYoutubeで期間限定公開中!
自分が山林所有者になったことをきっかけに、山林のことを知りたいとアカデミーに入学した岩屋さん。自分の山林の調査を通して、都会に住む山林所有者のために道しるべとなるような研究を行いました。忙しい山林所有者が自分の所有林を調べる方法として「森林簿で調べること」「納税者が記載されている林地台帳が便利であること」をことを示したり、森林所有者へのアンケートから所有林への関わりの薄さ意識を浮き彫りにしたり、山林価値を固定資産税通知時に知らせる取り組みを提案しました。個人での完全な境界確定は無理、と結論づけながらも、森林への思いと知識と波及力のあるアカデミー学生と教員に向けて「山林所有者になろう!」と呼びかける、トップバッターにふさわしい熱い発表でした。
ニホンヤマビルは生態や分布などの研究があまりされていません。海野さんは自分でヤマビルを飼う、山で自分を餌にしてヤマビルを誘引するなど、体を張って岐阜県のヤマビルの分布の研修調査を行いました。ヤマビルの生息に影響する環境要因の相関関係を詳細に調べあげ、「分布確率」を出すことに成功。「鹿が多いとヒルも生息」と言われるが鹿は定着域の移動に関連が強く、定着そのものには降水量、気温、積雪が関わることがわかってきました。独自性の高い研究で高く評価されました。
長野県の「養命酒健康の森」におけるアカマツの整備を通した針広混交林化を、その要因を探す形で研究を実施。なぜ天然更新が成功したのかを、毎木調査と調査データの整理によって、以下の3つの要因として浮き彫りにしました。
1、整備前にアカマツ以外の樹種が存在
2、萌芽更新できる個体が多い
3、抑制・除去対象樹種の選択的な刈り込み
地道な調査から考察した研究です。他の森林でも応用できるといいですね。
「ゴルフ場跡地を100年かけて森に還す」というプロジェクトを行う株式会社銀の森コーポレーションに就職し、研修という形でアカデミー入学してきた佐藤さん。会社の敷地である当該プロジェクトの具体案を考えてくるという会社からのミッションを、パーマパルチャーのデザイン思想・方法論を用いて「おいしい森」をコンセプトに据え、そのために何が必要かを研究しました。「土づくり」をするために「人づくり」が大切で、社内でパーマカルチャーのワークショップイベントを開催。一定の効果をおさめていることがわかりました。涌井学長からは草原系の生態系「野辺」についても考慮するべきだと意見がありました。
開始と同時に壇上に上がり、なんと寸劇を始めるパフォーマンスから始まった森さんの発表。
経済成長へ邁進していくことで心の豊かさ見失うのは社会の病理ですが、森さんはエコロジカルな暮らしの実践を広げていくために「少し昔の暮らしを振り返り、これからの暮らしを考える」場をつくることをテーマにしました。民俗資料館の展示は解説も自分で読むだけで触れることもできませんが、森さんは「動態展示」として藁を編んで縄を作るワークショップを各地で実施。参加した人たち普及啓蒙していきます。「私と一緒にあまやどりしませんか」というのは経済成長の波に飲まれ命を絶った先輩が書いた脚本のセリフだそうです。発表はそのセリフを先に紡ぐように「僕と一緒に縄を綯ってみませんか?」という呼びかけで閉じられました。
内藤さんが美濃市大矢田で出会った「オオフトイ」という植物は、昔は椅子の座面やゴザ(「フトイ」)に使われており、現在は栽培も活用もほとんどされていません。卒業後に「オオフトイ」を使った籠などの木製品を制作すると同時に栽培も出荷もしていく内藤さん。本研究では「オオフトイ」について取材、栽培調査、発芽試験、各種性能実験を行いました。成長の速さ、強度や耐摩耗性も断熱性能も確認し、有用な材料であることを示すことに見事成功。「縄文の香り」と名付けた籠製品は、捻って縄にした原初的な意匠性、高い強度、持ち手にオオフトイの種がついているテーマ性が高いレベルで融合した優れたデザインになっています。さすが元美術教員でアーティスト。今後の活動に期待です。
忙しく仕事に追われていた入学前を振り返り「日々の生活にものづくりが必要だった」と井上さん。だけど木工は敷居が高いと思っていたそうで、グリーンウッドワークの手軽さと楽しさに感動。触覚、嗅覚、聴覚、視覚、味覚の五感で感じる「楽しい」をコンセプトグリーンウッドワークのプログラム開発を研究テーマに。あまり見たことのない木を選び、特徴を説明することで木に興味を持ってもらう手法や、つくったスプーンでデザートを食べてもらい自分でつくったものの特別感を味わってもらうなど、参加者の「癒し」「心地良さ」を足がかりに、ものづくりの過程を楽しむプログラムを実践し、参加者から高い評価を得ました。
保育士だった白瀧さんが取り組んだのは「生きている樹と木製のつながりに気付く木育プログラム」です。旋盤を使った「こまづくり」を保育園や木育施設で子どもに向けて実施し、プログラムの研鑽をはかりました。実演時の子どもの目線の高さに合わせる台、絵付け用色鉛筆の本数調整、解説のタイミングなど、回を重ねるにつれて効率化され合理的な内容になっていく過程が丁寧に発表されました。また白瀧くんは活動継続するために費用の試算も行いました。岐阜県の助成金を利用すると、なんと参加者24人が800円程度で可能という試算結果が。これは木育活動をしたい人は助かりますね。助成金は、それがない状態でも活動を続けられるよう地盤を作るために有用です。アカデミーは木育活動を応援してます。
自然が好きで、世の中の人たちに森に目を向けて欲しいという思いから、愛犬家をターゲットにした木製オリジナル犬用フードスタンドと、それを一般の人がつくることのできるワークショップを開発しました。鈴木みなもさんのご実家はペットサロン。やはり発想は経験が生きますね。高さ調節が可能で組み立てが簡単なフードスタンドに参加者からは「高さのちょうどいいスタンドを探していた」「この樹種はなんですか?」など楽しみ喜ばれながらも木への興味につなげていることが伺える成果を得ることができました。
地元横浜の「新治市民の森」。そこ行われている保全運動は会員の高齢化の他にも、横浜の森の材を活用できていないという問題を抱えていたことから、高橋さんは「横浜の森の材を使ったた椅子づくり」を研究しました。形状はよくある工作椅子に見えますが、デカルト接合を用いることで材の断面寸法を小さくし、軽く、丈夫なデザインを成功させました。性能が十分かどうか確かめる必要があるため、高山市の生活技術研究所で強度試験を実施。実用強度に問題ないことが証明されました。木工や家具の有識者から良い評価もいただき、次は横浜の森でこの椅子づくりワークショップを開催するそうです。
卒業後に「刳りもの作家」になるという坂野さん。作家として生業を続けるにはどうしたらいいのでしょうか。尊敬する木工作家を点々と訪問して様々なアドバイスをもらい「リアルな場での人との出会いを大切に」という言葉にきっかけに「木のものづくりを通して、作品に込められた背景を伝える」ワークショップの開発を研究しました。作品に込められた背景≒ものをつくる上で大切にしていること、と定義した坂野さんですが、それは言葉ではなく体験を通して伝えようと決めました。制作環境、刃物仕上げ、削りやすさ、よく見ること、静穏さ、おいしいものを食べること。この六つの要素を取り入れたワークショップを3カ所で開催し好評を得ました。今後は作家として良いものをつくり続けることと同時にこのワークショップも続けて作家活動を生業にしていきます。
楽器など、木で音を出す製品をつくる際に、参考になる資料をつくりたいという目的で研究を始めたヤップさん。40樹種で音響試験で行って明らかになったことは、比重と音の高低は思ったよりも相関関係が小さいという結果と、シナ、ヒノキ、ウダイカンバは音のばらつきが大きく最大1音程度の差が出ることは意外でした。展示された木琴の音板は音響スペクトラムの形状から「キーン!」「すっきり!」「どんより〜」に分けられ、叩くと確かにそんな感じの音が!楽器だけでなく音の出る木のおもちゃづくりにも役立てられる研究です。
エンジニア科で林業の現場を学び、クリエーター科建築専攻に進学した宮森さんは、合計4年間のアカデミーの学びを「曲がり木」に集約させました。構造設計のスキルを活かして、山で残されたりC材としてチップになる「曲がり材」の価値の再定義に挑戦します。100パターン以上のシミュレーション解析によって、端部が固定されていれば直材よりはるかにたわみにくくなることを証明。また曲がり材は太鼓梁として利用することで削る量が少なく歩留まりが良いという視点は、エンジニア科出身の宮森さんならではのものでした。木橋の設計提案では、意匠的にも構造的にも曲がり木材の優位性を生かした設計を実施し、クライアントから高い評価を得ました。
実家でいつも振動を感じて気になっていたという河村さん。三階建ての実家をモデルにwallstatという構造解析ソフトを用いて、建物はどのように振動するのか、どのような振動波が入力されるのかをシミュレーションすることにしました。常時微動測定という手法で実際に建物の振動を測定してきて、wallstatに入力してシミュレーションを始め、wallstat開発者の京都大学生存圏研究所の中川貴文准教授のアドバイスを受けながら、耐震等級毎の振動による変位を求めることに成功しました。こうした研究はまだまだ少ないので、より快適でストレスのない建物の設計のために研究が深まるといいですね。
「古い建物は改修しても寒いのでは?」という不安は一般的かと思います。暖かい家に改修するには断熱と気密の両立が必須ですが、気密の悪い既存建物をの気密にするのは、新築よりはるかに難しいとされています。河野さんは、卒業後も改修物件の性能確保ができる設計者になりたいと思い気密をテーマに本研究を行いました。工務店や設計者にヒアリングをしながら、実際の物件で気密測定を繰り返し、隙間風のウィークポイントを探し、気密性能を上げるための仕様を考え、その図面を設計にそのまま使用できる特記仕様書に仕上げるなど、量、質ともに高いレベルにまとまった研究発表で、会場からも称賛の声が。特記仕様書は木造建築実務でも十分に実用できる成果物です。
郡上八幡は切妻の板金屋根が揃った美しい町並みと、徹夜踊りが有名な城下町ですが、日本の他の地域を同様に空き家問題に直面しています。小島さんがインターンで訪れた「郡上八幡産業振興公社空き家対策チームまちや」は空き家地活用スキームの成功例として全国に知られています。そこで小島さんが出会ったのは「カバー工法」という屋根改修の手法です。郡上八幡の地域特性を踏まえ、カバー工法の採用指針を求める研究を行いました。わかったことは「周辺に工事中の埃を散らさないこと」「葺き替えより安く早い」点で住宅密集地八幡町においては有効だが、施工前に雨漏り経路を特定する調査が必要不可欠ということでした。小島さんはカバー工法採用までのフロー図を作成。チームまちやに提出予定です。
斎藤さんは、滋賀県の内保製材のモデルハウス「響きの杜」をフィールドに再生可能エネルギーの導入効果を研究しました。「響きの杜」は、環境問題や燃料費高騰によって注目を集める太陽光発電、太陽熱温水システム、木質ペレットボイラーを使ったエネルギー自給実験を行なっています。斉藤さんはエネルギーの実測値、天候、泊まってみた実体験など様々な指標で評価することで、高効率化や、設計に活かせる理解を深めることに成功しました。発表はスライドが秀逸で、多岐に及ぶ高度な解析を極めてわかりやすくビジュアルにして見せました。見事です。
「ヴァナキュラー建築」とは地域の気候風土に沿った建築様式のことです。奄美大島に半移住して10年の鈴木篤司さん。アカデミー卒業後は奄美大島に店舗兼宿泊施設を設計・運営する楽しそうな計画を持っています。奄美大島は蒸暑地のため、夏の暑さに対応した設計が必須ですが、エアコンを使わずに自然風の力で快適な室内空間をつくるにはどう設計すればいいのでしょうか?それらのヒントがヴァナキュラー建築にあると考え、アカデミーのPCにインストールしてあるFlow Designerという流体力学ソフトを使い、蒸暑地のヴァナキュラー建築(主に奄美、沖縄)の内外で風がどのように抜けるのかシミュレーションしました。綿密なシミュレーションによって通風を用いた心地よい温度域をデザインすることができると結論づけ、計画中の建物にもそれを採用しました。さすがデザイナーとして完成度の高いスライド発表で、建物の完成も楽しみです。
前職が森林組合勤務の田村さん。「丸太がどこでどう使われているのかわからない。自分でも使ってみたい」という思いから、森林組合を辞めてアカデミーの建築専攻に入学しました。研究テーマは岐阜県加茂郡川辺町山楠公園のデッキハウス建設の設計を通した、川上川中川下の好循環についてです。このプロジェクトは見事な連携で成功をおさめたのですが、それを分析することで、好循環を実現できる構造を明らかにしていきます。それは「職域を超えてハブ的な役割を担う人の存在が大きな意味を持る」「ハブ同士のつながりが強固な連携を可能にする」そして「良いものをつくろうとする意識とその気持ちを受けて実現できるスキル」が必要というものでした。アカデミーの学生はみんなハブ的存在になれる!という素晴らしい呼びかけもあり、アカデミーの存在意義を体現したかのような発表となりました。
IT系企業を辞め、クリエイティブかつサスティナブルな仕事をしたいとアカデミー建築専攻に入学した名和さん。地域の企業から依頼された「多目的な小屋の設計」を取り組みながら、自分なりの持続可能な設計手法を見つけていく研究を行いました。解体されてチップになってしまう家を見て疑問に思っていた名和さん。家はどうすれば100年を超えて長く使ってもらえるのでしょうか。チップにせずに再利用してもらうための「解体性」を念頭に置きながら設計を進めますが、苦心しながら「性能」「意匠」「汎用性」をバランスよく設計しないと結局廃棄されてしまう可能性が高いと気づきます。最後は完成予想図の3Dもお披露目。自分の課題と社会の課題をじっくり見つめる良い研究になりました。
21期自力建設の学生棟梁として「木立のこみち」を設計した橋本さんは、その設計のデザインソースである樹状方杖の研究を選びました。「木立のこみち」は木造建築の巨匠泉幸甫先生から「みてきた中で最も美しい方杖架構」と言われたプロポーションですが、その構造の工夫は、接合部強度を強固なビスで留めつけるというものでした。その手法を誰でも使えるようにするために、耐力計算シートを作成しました。シートは本HPで公開予定です。卒業後は木構造設計者として大きく羽ばたいて欲しいですね。
滋賀県長浜市に伝わる小原かごを編める伝承者は一人しか残っていません。矢木さんは美しい小原かごを残すために伝承者太々野さんに弟子入りし「小原かご研究会きつつき」を発足しました。カエデを剥いでいく気持ちよさが動画で説明され、会場空間に「やってみたい」という気持ちが充満しました。展示されているカゴを見るとカエデのきめ細かい木肌とカゴのフォルムが、上品でありながら普段使いの穏やかな雰囲気も持ち合わせていて、確かに残したくなる美しさです。矢木さんの熱意で小原かごが普及、継承されていくことを願っています。
以上、22名の発表でした。
各発表の後の質疑応答が活発な意見交換になるのも課題研究公表会の良いところです。
展示の前では説明が。2年間の集大成をお披露目です。
3月に卒業する21期性のみなさん。
本当にいい発表でした。アカデミーは卒業後もみなさんを応援しています。頑張ってくださいね。
そして、このイベントの影の立役者は教務課のみなさん。
教務課のみなさんが、スライドと発表を同時に録画録音してくれたおかげで、この発表はYoutubeに期間限定公開されます!来週2/27から3/6まで!また当サイトでURLをお知らせしますが、森林文化アカデミー公式チャンネルにもご注目ください。
レポート:建築専攻教員 松井匠