伊吹山のイブキノエンドウの研究が論文になりました
教員の玉木です。今回は,私が以前から滋賀県立大や岐阜薬科大,琵琶湖博物館,北大,東北大などと一緒に取り組んできたイブキノエンドウの論文が出版になったので,その内容についてご紹介します。
Tamaki I, Mizuno M, Ohtsuki T, Shutoh K, Tabata R, Tsunamoto Y, Suyama Y, Nakajima Y, Kubo N, Ito T, Noma N, Harada E (2023) Phylogenetic, population structure, and population demographic analyses reveal that Vicia sepium in Japan is native and not introduced. Scientific Reports 13:20746
https://doi.org/10.1038/s41598-023-48079-4
岐阜県と滋賀県の境に位置する伊吹山には,かつて織田信長がヨーロッパからの宣教師に命じて50 haもの薬草園をつくらせたという伝承があります(幻の薬草園伝説)。この伝承は,江戸時代の古文書「南蛮寺興廃記」などに記されていますが,現在では薬草園の痕跡は見当たらず,宣教師によってもちこまれたとされる薬草もありません。あるのは,その際に薬草に紛れて持ち込まれたとされる雑草イブキノエンドウ,キバナノレンリソウ,イブキカモジグサだけとされています。これらの植物はヨーロッパやユーラシア大陸では広く見られるのですが,日本では伊吹山くらいにしか生育していないからです(他にもあるにはあるのですが,そこではまた別の持ち込み由来と考えられている)。この説は,古くは1920年の牧野富太郎の論文(この論文ではイブキノエンドウ,キバナノレンリソウ,ヒメフウロとされている)や,その後の滋賀県植物誌,その他の多くの植物図鑑にみられます。
本研究では,イブキノエンドウを対象とし,その起源をDNA情報をもとに明らかにすることにしました。イブキノエンドウは日本では,他に北海道にもみられます。北海道のものは,牧草に紛れて入ってきたと考えられており,伊吹山とは起源が異なるとされています。しかし,海外のサンプルも含めてDNA分析をして系統関係を調べてみたところ,伊吹山と北海道のサンプルは系統的にかなり近いことが分かりました。
起源が異なるはずの2つの地域が近縁であるのは不自然です。江戸時代の文献や古い標本を調べると,伊吹山には江戸時代からイブキノエンドウが生育していたこと,北海道には開拓時に採取された古い標本があることが分かりました。そこで,伊吹山と北海道の2つの系統が,①在来で古い時代に分岐したモデルと②伊吹山から明治の開拓時に北海道に持ち込まれたモデルの2つを比較してみました。その結果,モデル①が高い支持を得ました。また,分岐年代は最終氷期の中頃と推定されました。以上のことから,日本(伊吹山と北海道)のイブキノエンドウは在来種であることが明らかになりました。
今回のイブキノエンドウの由来に関する研究の結果は,イブキノエンドウが幻の薬草園伝説を裏付ける植物ではないことを意味しますが,幻の薬草園伝説自体を否定するものではありません。残る2つの植物の由来についても,順次明らかにしていてきたいと考えています。
この研究は科研費基盤研究C(研究課題番号:22K05721,研究代表者:玉木一郎,課題名:植物の遺伝情報を用いた伊吹山の織田信長の幻の薬草園伝説の検証)の助成を受けて実施しました。