教員お気に入りのアイテム17:「鉈と手鋸」川尻秀樹
私は山に入る時には必ず、鉈と手鋸を持参します。
なぜなら、岐阜県で数多くの林業技術者を育てられた、故 内橋良三さんから、「山に行くときは、必ず鉈を持ちなさい」とお聞きしたからです。
内橋さんは大きな立木を伐採する「杣師(そまし)」として、森の名手名人に選ばれた林業の達人で、山に入る時には自分の身を守り、仕事に役立つ鉈を持参することを、常に力説されていました。
{写真: 川尻が身に着けるうなぎ鉈と手鋸2種}
鉈とは林業や狩猟など、山に入る人たちが使う道具で、雑草木を切ったり、木材を割ったり、削ったりする刃物です。
鉈の刃の形態について包丁を例に少し説明すると、刃は基本的に片刃と両刃に分けられます。和包丁である刺身包丁や出刃包丁などは、「片刃」で引き切り主体に利用され、一般家庭で多く見られる洋包丁や菜切り包丁は、「両刃(りょうば、もろは)で、押して切り主体になっています。
片刃とは表面と裏面の区別があり、表面は凸面で、裏面は平面あるいは凹面です。右利き用であれば右刃の刃先が、やや左に切り込み、切れたものが離れやすく、ダイコンを薄くかつらむきするには最適です。また、魚の身を骨に近い部分から下ろすことができ、よく研がれていれば刺身の切断面が美しいのも特徴です。
両刃とは両面とも表面で、刃の断面が左右対称のV字型で、ほぼ同一角度で研いであります。刃角が両側についているため食材にまっすぐ刃が入り、右利き左利きに関係なく、左右同じように切り込みます。
さて、鉈に話をもどすと、山で雑草木を払ったり、細い樹木を切ったりするなら、鋭利な刃先で、食い込みが良い片刃が便利でしょう。右利き用の片刃を使う場合、手にした右側に切刃となる表面がきて、正対する樹木の右側の枝を切ることになります。
これに対して、優良材生産のための枝打ちをしたり、竹や薪を割ったり、動物を解体するには両刃が適しています。一般的に両刃は刃角が大きく、切れ味は片刃よりやや鈍くなりますが、左右どちらの方向から使用しても同じように切断できる利点があります。
全国的には東日本(東北、北陸)は「片刃で付け刃金」が多く、西日本(中国、四国、九州)は「両刃で割り込み刃金」が多いと言われます。そもそも鉈の構造は、刃先が鋼(はがね)で、他の部分は鉄でできています。鋼は硬くて丈夫そうですが、折れやすいため、柔らかい鉄で保護するわけです。片刃の鉈は鉄に鋼の刃先を叩いて接合させますが、両刃は鉄の中央に鋼を割り込んで接合させる「割り込み」と、鉄で鋼をサンドイッチした「三枚打ち」の二種類があります。
{写真:私の鉈コレクション、右側4種は両刃、左3種は片刃}
{写真:下2本は剣鉈、一番上は通常の片刃、磨き鉈}
ただ鉈と言われても、多くの方が思い浮かべる刃の形は、全体が長方形で先端も角形の角鉈だと思います。しかし実際には、それ以外に全体的に湾曲したうなぎ鉈類、刃先と尖った切っ先がついた剣鉈(けんなた、つるぎなた)類、切っ先に突起のある今須鉈(いますなた)類などがあります。
うなぎ鉈は両刃で、別名カマ鉈とかつる切り鉈とも呼ばれ、草を刈るのにも適しています。
剣鉈も両刃で、雑草木を切るよりも、動物をしとめたり、さばいたりするのに用いました。特にマタギなどの狩猟者たちが使用するフクロナガサは、柄の部分が金属の筒状構造になっており、棒につけて槍の穂先のように利用しました。
岐阜県の今須鉈など、鉈の先に突起を持つものは少しずつ形が違うものの、石川の能登鉈、福井の越前鉈、富山の泊鉈などがあります。またこの突起は不破郡関ヶ原町今須では「チボ」と呼んで、スギの枝打ち(枝切り)の時に小さな葉芽をつぶすのに利用し、北陸では「トビ、ハナ、マゲ」などと呼ばれ、地面近くで使用する時の刃の保護や、被切断物がすべって外れないようにするストッパーの役割、切った小枝などを引き寄せるのにも効果を発揮します。
また、片刃の鉈を見ると、表面を磨き上げた「磨き」仕上げと、表面が黒い「黒打ち」仕上げがあるのにも気付きます。
加えて片刃の鉈の裏面や両刃の剣鉈には、背(峰)の近くに溝があることが多いのをご存知ですか。この溝は日本刀に多く見られ、刀身に沿って両面に溝を入れることを「樋(ひ)をかく」と言います。この樋には「血流し、血抜き」の別名がありますが、重量の軽減と美観の両面での意味があるとされ、鉈でもデザイン的な飾りとか、樋があると真っすぐに見えるとか、樋があることで同じ断面積でも曲げ強度が高まるとも言われます。
今後、みなさんが鉈を購入されるなら、片刃の角鉈がよいと思いますが、重要なことは長さと重さです。長さ(刃渡り)は通常は21cm(7寸)のものが使いやすく、それより小振りが好みであれば18cm(6寸)、大きめであれば24cm(8寸)が販売されています。
重さは130~150匁(もんめ)、約500~560gが一般的で扱いやすく、竹細工には両刃で、これより小さく軽いものを用います。
さて、切るべきものは切って思い切った整理をすることを、「鉈を振るう」と言いますが、この言葉が示すような切れる鉈を持ち歩くことが山の達人たちの常識なのです。
{写真:カーブ・ソー3種、切削スピードは速い}
最後に、私が通常利用する鉈と手鋸は、うなぎ鉈と枝打ち用鋸、丸太切り用鋸の3種です。
但し、太い丸太を伐ったり、樹木医として治療の時に樹上で利用する手鋸は、いわゆる「カーブ・ソー」を使います。
写真に見られるように、ノコギリ全体がカーブしており、グリップも少し下がった形をしています。これにも良い面と、不都合な面がありますが、重要なのは場面に併せた道具の利用です。是非、みなさんも多くの道具を手にされ、より自分の手に馴染み、かつ利用目的に合致した鉈と手鋸をご利用ください。
かわじりひでき
川尻 秀樹
専門分野 | 森林管理・山の民俗学・林木育種 |
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最終学歴 | 東京農工大学農学部 砂防工学研究室 |
研究テーマ | 山のこと、森のこと、そしてそれを支えた人のこと、興味をもてばそれが研究のテーマになります。常に考え、常に行動する。そうしたスタンスで自然と関係しながら、自分なりの研究テーマを見つけ出していきたい。 |