【アニュアルレポート2023】焚火を良きパートナーとするために
焚火を良きパートナーとするために
~自然体験活動で「火」を扱う際に心得たいこと~
講師 谷口 吾郎
▼目的
「火は多才なパートナーである」。これは一年間、学生と共に課題研究を進めながら感じた自然体験活動における「火」への印象である。便利な道具として何げなく扱ってしまう「火」。しかし、その「火」が本当のところ、私たちの側でどんな仕事をしてくれているか考えることはあまりない。そこで「火」が私たちのパートナーとして果たしてくれる役割を明らかにし、彼らをパートナーとする上で自然体験活動者に求められる資質は何か?を探ってみた。
火を囲むと、不思議と互いに打ち解け、気が付けば和やかな関係になっている。(En科1年4月の野外宿泊実習の様子)
▼概要
「なぜ火を見ると落ち着くのか?」という問いに対して、いくつかの説があるが、おそらく人類が50~150万年以上も前から火を使って生活してきた記憶が私たちの遺伝子に深く刻まれているからではないだろうか。
火は人類の進化において非常に重要な役割を果たしてきた。火はエネルギーの源であり、現在でも形を変えながら私たちの生活に深く関わっている。言語や文化の中にも火の面影は残っており、「燃えるような恋」「くすぶった関係」など、人や場所のエネルギーや関係性を表すメタファーとして「火」は使われる。
火は、周囲を照らし、目印になり、人を同心円状に集める。私たちを暖め、他者の存在・表情を程よく照らす。
しかし、現代社会では火の役割の多くが私たちの生活から切り離され、その存在や恩恵を実感する機会が急速に減っていった。アウトドアに興味がない生活では、大人になっても火に触れることはほとんどどない。子どもだけでなく、親世代やその親の世代でも、火の使い方を知らずに無意味に恐れたり、逆に危険に気づかずに無茶をして事故につながることもあるだろう。
火のない生活によって、火の危険性や煩わしさから解放される一方で、モノが燃えゆくことを目前にして感じ取っていたエネルギーの本質や資源の有限性を感じる機会を失いつつある。火と密接に関わることで生まれた歴史、文化、信仰や言語の実感も薄れていくのではないか。
火を実際に体験し、その性質を実感することは重要だ。現代人や現代社会において、火の役割を再評価し、理解を深めることは自然体験活動を行う人々の重要なミッションである。
火の熱は物質を変化させる。調理することで、食べやすくし体内での消化を助ける。
火は水を温める。温かいお湯は心身をほぐす。
焚火の直接的な役割と、間接的な役割
焚火は状況に応じてさまざまな役割を演じ、自然体験活動を支えてくれる。一次的には火の物理的な燃焼現象で生じる光や熱、煙、動き、灰炭がもたらす直接的(物理的)な役割がある。また、それら直接的な役割が作用し合い、コミュニケーション、リラクゼーション、レクリエーションなどに関するうことで生じる関節的(心理的)な役割がある 。
焚火を扱う人に求められる知識・技術・姿勢
自然体験活動者が火を扱う際に求められる資質を以下の表にまとめた。この表は「インタープリテーションに携わる人材の育成指標」(日本インタープリテーション協会)をベースとした。
私たちは、火に関する基本的な知識・技能だけではなく、火の直接的な役割や間接的な役割を深く理解することが大切だ。その上で、焚火に向かう個人の成長プロセスや、グループ内での学びや関係性の成熟のプロセスを見極め、適切に関わることが求められる。そのためには、参加者同士の関わり合いの中で、火がいい仕事をしてくれるような場の設定を心掛けることと、過度に干渉せず、適度に距離を置くことの重要性を感じた。
火がモノや人や場に対して果たしている仕事のプロセスを見極め、その仕事を邪魔をしないように見守ること。
それは丁度、焚火自体の世話にも似ている。強引に「燃やそう」とすれば、黒い煙がたち、くすぶってしまう。「火の三原則」を意識して、程よいタイミングで過不足ない大きさの薪をくべたり、酸欠にならないよう薪と薪に隙間をつくったり、熾き(おき)を蓄えたりと、「おのずと燃える」ことを促す最小限のお世話。火を学びつつ、火と人、人と人の学び合いの場が自発的に「燃える」ような、そんな場を作れる人になっていきたい。
▼教員からのメッセージ
「火」って何でしょうね? 実は「火」は太陽から得たエネルギーなのですね。薪や落葉にしても、灯油などの化石燃料にしても、もともとは地球上に降り注いだ太陽光のエネルギーを植物や動物が一時的に吸収、固定したもの。そして、そのエネルギーを熱や光として一気に放出するときに発するのが「火」なんですね。そんなシンプルな事実に気づき私はハッっとしました。そして、そんな太陽のエネルギーの恩恵を受けて私たちは暮らしている実感ってほとんどないですね。身近にあるモノゴトについて、自分自身が、あまりにも知らなすぎることに驚くと同時に、学生の課題研究を通して気付かせていただくことができて、とても幸せな気持ちです。目の前にある現象を当たり前と思いこまず、一度、その現象があることの奇跡について考えてみると、世界がワクワクで満たされるかもしれませんよ。
▼関連授業&課題研究
・野外宿泊実習(En科1年)
・アウトドア活動の基礎(Cr科1年)
・キャンプカウンセラー実習
(En科、Cr科1・2年)
・課題研究:薪火を見つめ直す~薪火を伝える為に必要な要素とは~(福田一葉)
▼活動期間
2023年3月~2024年3月
▼研究テーマについて
この研究テーマは学生(福田一葉さん)の課題研究から始まった。主担当を依頼されたものの自分自身も「火」の専門家ではないため、まずは学生とともに0から学び合いながら探究を進めた。森林文化アカデミーでは、学生はマイプロジェクトとして自分の課題を探究し続ける。私たち教員は、学生の探究に伴走する形で、未知の領域を共に学び、道を見つけていくことになる。こうした学生と教員との関係性は、今まで通りに、「教員・講師・先生」と呼ばれるには違和感が大きい。最近ではメンター、ジェネレーター、コーチ、ファシリテーターなど様々な呼称が存在するが、腑に落ちるような学びの伴走者の呼称を模索している。
薪火をテーマにしたゼミの様子。自力建設「あらかしのだんだん」にて
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