【アニュアルレポート2023】森林文化を紡ぐ「山村に住む」 挑戦者のためのカリキュラム作成
森林文化を紡ぐ、「山村に住む」 挑戦者のためのカリキュラム作成
准教授 小林謙一
目的
人口減少社会となった現代、森林文化が未来に紡がれていくには、今後も「山村に人が住み続ける」ことが鍵となる。森林文化アカデミーでは森林産業の担い手育成と同時に、自ら山村地域に住み、自身の生き方を通して森林文化を実践し、次世代に繋いでいく人財も輩出したい。山村で自主的・自立的に生きていくために必要な視点はなにか。着任2年目となった今年度、本校が提供しうる学びを模索し、新しいカリキュラム作成に着手し始めた。
概要
社会課題に”自分ごと”でアプローチする姿勢
森に関わるスペシャリストの養成を目指す本校において、森林環境教育専攻は幅が広い。輩出を目指す人材像についても、自然体験指導者から環境コンサルティング、環境教育施設の管理・運営など多様である。
一方、本専攻の変遷をみると開学当時に設置された「里山、山村活性」の系譜がある。「地域・環境教育」「山村づくり」など時代の変化でその名称を変えながら、2017年から現在の専攻名になっている。本学が示す「森林環境教育」という言葉の中には、山村における地域づくり、地域活性の文脈も含まれている。
山村活性に資する人材とはなにか。現在ある職業に就くスペシャリストの育成ももちろん必要だが、多くの課題を抱える山村では地域を知り、新しいアプローチを生み出す挑戦者も必要だ。こうした資質も育むために既存の講座を整理・統合し、3つの科目を新設した。
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社会課題にアプローチするには、その課題が「自分ごと」であることが重要である。「セルフデザイン」は、これまでの仕事を一度辞めて入学するクリエーター科の新入生に、今一度自身を見つめ直し、本当に取り組みたいことを見出してもらうためのプロセスである。同じ志をもった仲間との対話を通して「マイプロシート」や「Beの肩書」の作成する。これは自身が深めていく学びの羅針盤となる。
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地域は表面化している事象だけではなく、内側から捉えないとそこにある本質的な課題はみえてこない。「ソーシャルデザイン」では、現地のフィールドワークを通して山村の現状を知り、そこに住む人々の生の声に触れる機会をつくる。今年度は郡上市で4日間のフィールドワークを行った。明宝歴史民俗資料館では民具を起点としたヒアリングを行い、かつての里山の姿をイメージできるようになるために関連図法を用いたパネル製作と展示を実施した。
また地域課題の構造を複層的にとらえるために、「課題の構造図」の作成実習を、全国で活動するissue+designのデザイナー 白木彩智氏の指導の下、美濃市で行った。
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さらに人手不足の山村地域では特に、経営視点をもちマネジメントができる人材が望まれる。
「ローカルビジネス」では実際のプロジェクトに基づく実行予算の作成の他、事業を多角的に捉える視点を持つためにデザイン思考とシステム思考の考えを取り入れた。またローカルビジネスの実践者に現地で話を伺った。今年度は、郡上市、下呂市、白川町で10名以上の実践者を訪れた。
地域づくりに必要な「つなぐ力」
地域づくりにおけるビジネス的視点を育みながら、自身が住む場所で、山村の持続可能性を実現する地域づくりの視点も持ちたい。森林環境教育では「伝える力」を身につけるが、社会を動かすためには「つなぐ力」も必要になる。総合的なコミュニケーターである。
例えば、古くからある地域に移住者など新しい人が入ることで、既存のコミュニティは変容を余儀なくされるが、多様な価値観を認め合うインクルーシブな地域形成のためには、異なる価値観を翻訳、意訳して人をつなぐ、支援的なありかたを行う高度なコミュニケーターが不可欠になる。
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「コミュニティ・コミュニケーション」では岐阜大学の板倉准教授に協力を仰ぎ、現地でのインタビューの実施と、心理学に基づくコミュニケーターのあり方を考察した。
また、まちづくりで最も大切なのものは「ひとづくり」であるが、地方創生に積極的に取り組む市町村では、まちづくりを地域学校連携、移住定住促進と連動させて行っている。特に高校がある山村では、高校がなくなると一気に人口が流出する危機意識が高い。県外からも学生を呼び込むための「高校魅力化」や「地域みらい留学」など全国的な取り組みも活発である。
こうした動きは、あらたな職業も生み出している。
「教育のまちづくり」では、先進地である徳島県の神山町と海陽町を訪れ、地域コーディネーターや教育コーディネーターという新しい職業について伺った。
徳島県のスタディツアーをコーディネートいただいた(一社)ココラボの伊藤大貴氏(岐阜市)は、こうした人々を「間(はざま)の人」と表現する。
新しい学び場づくり 〜 探究する生き方を共に学び合う
“自分らしい生き方の実現”を通してよりよい社会をつくる。そのために”自分ごと”として、熱量を持って自分のプロジェクトに取り組む ーーこ うした人材育成は実は今、全国の高校で行われているものだ。
2022年度から本格的に始まった「総合的な探究の時間」は、高校生が地域とつながり、学生の興味関心から自ら課題を見出し、プロジェクト化して取り組む実践的なものである。この学習の目的は、予測困難な現代において正解の無い問いに向かう力を身につけるというものである。プロジェクトの結果ではなくプロセスが重視され、失敗から学ぶことも含まれる。
先んじて始まった「全国高校生マイプロジェクトアワード」は10年目を迎えた今年度、参加者は7万人以上に拡大した。6年間にわたり高校での取り組みに関わる中で、この探究学習の流れに注目している。
高校時代から「マイプロジェクト」を持ち、探究する生き方をする若者が育つこれからは、大人も探究する生き方が求められる。社会人として多様なバックグラウンドを持ち、新しい人生をつくるのために入学するクリエーター科は、探究的な生き方を実践する人々である。
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探究的な生き方とはなんだろう。
ビジネスではVUCAの時代といわれるが、世の中は複雑で不確実である。
教科書に書かれていたことも変わっていく。正解が無いのであれば、課題を俯瞰して眺め、自分ごととしてアプローチしたいポイントを探る。そして、社会の課題は一人では解決ができない。
神山町を訪問した際、『まちの風景をつくる学校』の著者、森山円香氏に「いっしょに働きたい人はどんなひとですか?」と尋ねると、「好奇心がある人」と答えた。
山村に住む人は自身の生き方を探究し、次々に現れる課題を”自分ごと”として楽しく取り組むマインドを持ちたい。そのために必要なのは自身が「面白がる力」と、好奇心を持ち続ける「仲間」ではないだろうか。
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アカデミー生が未来を創造する力を更に伸ばすためには、高校生など未来志向をもった多世代・多様な人々が共に学び合う、新しい場づくりが必要ではないか。
2024度からスタートする「里山キャンパスプロジェクト実習」では、自然共生型のくらしを実現していた「里山」をヒントに、地域、学校、企業、行政をつないで持続可能な社会を実現するための新しい学びの場の構築を目指す。森とつながる生き方を実現する「面白がる力」を持つ人々を呼び込みたい。
教員からのメッセージ
ニューヨークタイムス紙に掲載された「「2011年度にアメリカの小学校に入学した子どもたちの65%は、大学卒業時に今は存在していない職業に就くだろう」というキャシー・デビッドソン氏の言葉通り、ユーチューバーも生成AIのプロンプトエンジニアも、2011年にはなかった職業です。持続可能な社会の実現には、クリエーター(創造者)やイノベーター(革新者)が望まれています。課題が山積する山村は、実は可能性の宝庫です。正解はありませんが、山村に住む私自身も挑戦者です。こどもも大人も挑戦し、挑戦する人を応援しあう社会は、夢がありませんか?
活動期間
2023年4月〜継続中
関連授業
・セルフデザインとファシリテーション
・ソーシャルデザイン1、2、3
・ローカルビジネス1、2、3
・コミュニティ・コミュニケーション
・教育のまちづくり
過去のアニュアルレポートは、ダウンロードページからご覧いただけます。