森をつくる、空き家を活かす(里山利活用実習)
<2024.12.20> クリエーター科1年生の共通科目(選択)「里山利活用実習」を美濃加茂市で実施しました。
最終回となる第4回目は、酒向一旭(さこう・かずあき)さんから、里山の資源とその活用について学びます。
酒向さんは1984年、美濃加茂市生まれ。大学を卒業して企業に勤めた後、2010年から美濃加茂市役所に勤務します。 2023年に退職を機に、「(株)やまのはたへ」を創業されました。
酒向さんが住む集落を見学した後、2つのグループに分かれて里山資源の活用を体験しました。
一つ目は、里山の整備。藪になっていた山を、酒向さんたちが住民グループをつくり、除伐や下草刈りをしています。
手入れされた山は、森のようちえんの園舎(遊び場)として、こどもたちの声で賑わいます。また酒向さんが主催する小学生を対象とした「森学」のフィールドにもなっています。夜の山のプログラムも行われ、整備された山頂の広場では、こどもたちは月明かりの下で鬼ごっこもしているそうです。
林業専攻の新津先生の指導の下、「気持ちいいと感じる森」を目指して、藪になっている笹や雑木を伐採していきます。こどもたちが走り回る姿をイメージしながら、きれいに、かつ安全にも気をつけながら里山の整備をしていきます。短時間でしたが、人の手が入り光が差し込むようになった森の姿に、学生のみなさんは「気持ちいい森になった」と満足気でした。
もう一つのグループは、「空き家の蔵出し」。集落にある「空き家」も、里山の立派な資源です。しかし、空き家を活用するには、大抵まず片付けや清掃、そして補修が必要です。
資源を活用するためにの第一歩として、家に残る不用品を出していきます。こちらは、森林環境教育専攻で里山の自然や文化を伝える柳沢先生と共に活動スタート。
家の大きさによって、その量は相当なもの。片付けは大変な作業なはずなのですが、なぜか皆、笑顔に。古い道具や食器など、アカデミー生にとっては興味を惹かれるものばかりで、実習なのか宝探しなのか、とにかく楽しい時間が過ぎていきました。
それぞれの実習が終わって、酒向さんからあらためて、「里山とは」、そして「里山の資源を活用するとは」について語られました。
子供の頃は、山の作業や畑の作業を手伝わされるのが嫌で、便利な暮らしに憧れて、早く都会に出たかったという酒向さん。一度はお金を稼ぐ「効率的な仕事」ができる企業に就職しましたが、徐々に疑問を持つようになります。
地元に戻り、市役所に就職してすぐに東日本大震災が起きました。災害ボランティアとして何度か被災地に足を運んだそうです。この経験が、食のこと、暮らしのこと、地域のことをより真剣に考えるきっかけになったといいます。
市の職員として、地域振興や産業振興、山村振興やまちづくりなど様々なことに関わる中で、より地域のことを考えるようになり、仕事と並行して農作業や山の整備などの活動を始めます。土日は、農体験などのイベントも始めました。
これから、何を大切にし、何をつくっていくのか −−
市役所の仕事も忙しくなる中で、このままではどちらも中途半端になってしまうと思い、仕事と活動のどちらかを辞めることを考えた時、自ずと「役場を辞めること」を決めたそうです。
「自給自足で暮らすことはできます。でも、それでは<里山>はできないんです」
多様な価値観を持った人が集まり、暮らすのが地域社会。なにかをするときに、価値観の違いから相談するより一人で決めて行動したほうが楽だな、と思うことが私には多々あります。しかし酒向さんは、そうした煩わしさも含めて、共同体がないと里山はできない、と解きます。
「人と人が、違う価値観の中でどう生きていくか。里山と、里山ではないところの違いは、そこだと思っています」
この日体験した、山の整備や、家を建て管理することなど、どれも一人の人間だけでは成しえません。多くの人の協働が、何十年、何百年と紡がれてきた結果が、現在私達が目にする「里山」という景観と文化、そして生態系です。
さらに現代は情報や交通手段の発達に伴い、地域の中の人だけではなく、外から交流や地域の活動に参加する「関係人口」も重要な要素になっていきます。
そして人が住み、集うためには家が必要。しかしこの地域は土砂災害警戒区域に指定されているため、一度家が取り壊されると、新しい家を建てられなくなるとのことでした。今ある家を残していかなければ、地域に人が住めなくなってしまいます。この地域では空き家の活用も、里山が持続していくための大切な事業のひとつなのです。
里山を形成してきたこれまでを見ながら、この続きをどうつくるかについて、酒向さんはこれから手がけようとしている2つの事業について説明してくださいました。
「自分の家族が食べていける状態にはなりました。集落を維持していくには、新しい事業でさらに3,4家族が食べていけるようにしないといけない」
里山とは、その資源とは、自然資本を活用した持続可能なビジネスとは、集落を形づくる共同体意識とは・・・など、もっと深い話を聞きたい!ということろで、時間切れです。
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帰りの道中、学生からはこんな感想が聞かれました。
「酒向さんには、なぜ人が集まってくるのか。それは自身が体験し、気付いたことをやっているから自然体でいられている、やっていることに嘘偽りがないから、人が集まるのではないか」
酒向さんが示された「里山利活用」、その本質は何でしょうか。この科目のシラバスには、次のように述べられています。
<里山からの自然資源の収穫は、自然の回復力を上回ることがなければ、持続可能な利用が可能である>
今、世界が求める「ネイチャーポジティブ(自然再興)」には、2030年までに持続可能な「ネイチャーポジティブ経済の実現」についてもその必要性が掲げられています。その経済規模は、世界経済フォーラムによると1,372兆円とされます。(環境省資料より)
酒向さんが描く里山資本をベースとした新しい経済の仕組みは、これからの世界に求められる最先端のビジネス手法なのかもしれません。そしてその価値は、貨幣経済のそれだけではなく、里山を築くための共同体や関係人口の創出、そして自然資本の保全など、そこに暮らす人々のためのかけがいのない資本を生むものではないでしょうか。
複雑な課題に向かう力を身につけようとする私たちにとって、未来をつくろうとする人が住む里山での実習は、とてもリアルな学びです。酒向さん、貴重な時間をいただき、本当にありがとうございました。これからもぜひ、学びに行かせてください。
(森林環境教育専攻 小林)