教員オススメの一冊17:境界をこえる ほか多数……
境界をこえる
安藤忠雄 著
講談社、1,080円
この本を紹介する教員
吉 野 安 里(よしの あんり)
はじめに
安藤忠雄 著、「境界をこえる」、講談社1,080円、を立ち読みでもいいので、読んでみてください。建築家の安藤忠雄の名前は聞いたことがありますね。でも、この本ではあまり建築の話は出てきません。若い人たち向けに、どのように生きるかという“指南書”のようです。それでは、この本の中味をいくつか紹介します。
教養のススメ
彼は、若いころのアルバイト時代に、東大寺に感銘を受けました。そのころ、ある新聞社の社長の言葉が心に残ります。「設計に必要なものは、技術でなく教養である。東大寺が作りたかったら、東大寺の建てられた時代の背景や、それを作り上げてきた思想を自分でどのようにくみとるか、深い教養が必要である。」
教養って?何から手がけるの?
この本では、その問いにちゃんと答えていますよ。
その方法とは?
名作に触れることを勧めています。ある新聞社の社長には、吉川英治の「宮本武蔵」を3回読めと言われたが、1回どころか、かろうじて6巻中3巻まで読めたそうです。普段から親しんでいないとハードルは高い。
そこで、安藤は手始めに、夏目漱石の「ぼっちゃん」や川端康成の「雪国」などをすすめています。これは、なかなかうまいやり方ですね。
というわけで、吉野は読んでみた
久しぶりですが、新鮮な気持ちです。「坊ちゃん」は読みやすい。「山嵐」「赤シャツ」「野だいこ」「うらなり」・・・個性豊かな魅力的な人物が登場します。読んでいくうちに夢中になります。「雪国」では、ストーリー展開はともかく、繊細で緻密な表現に触れることができます。
ひとつ例を挙げてみましょうか。
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」
有名なフレーズですが、続くのは、夜汽車の窓から見た外の描写です。
「夜の底が白くなった。」
ねっ。その情景が目に浮かぶでしょ。ひとことで、風景を描き切っている。なんだか、教養が身についた気もするなあ。これなら読んでみたいと思うでしょう。そして、ほかの作品も読んでみたくなる、という具合になるわけですよ。名作を重ねるごとに、表現に敏感になる。“心象形成や感情移入が鍛えられ”、“感性が磨かれる”ということを安藤は言っているのだと私は思います。
本物に触れる
本物に触れることの重要性も指摘しています。インターネットでは東大寺はわからない。東大寺を実際に訪ねてみて、音や雰囲気、空気を感じなければならない。本物を見なければ目利きにはなれない、と。
彼は、二十歳代で、船旅で世界中の有名な建物を見に出かけます。ル・コルビジェが感動したパルテノン神殿は、いわば廃墟。どこがよいのかさっぱりわからない。そう思うと逆に探究心がわく。なぜよいのか、どこがよいのか。勉強をするにつれて少しずつわかってくる。人間の探究心は際限がなく、よいものを理解するのには時間がかかる。これらのことがわかったことがパルテノン神殿を訪れた最大の収穫であったと述べています。
まとめ
知識は年をとってからでも身に付くが、感性は年をとると鈍ってくる。若いうちに多くの本を読み、多くの本物に触れ感性を磨くことが大切である。と安藤忠雄の「境界をこえる」には書かれています。およそ、建築に限らず創造的な仕事に必須なことではないかと思います。
今日の講義はここまで。
安藤忠雄、境界をこえる、講談社、1,080円
夏目漱石、ぼっちゃん、新潮社文庫、335円
川端康成、雪国、新潮社文庫、389円
吉川英治、宮本武蔵、新潮社文庫、(全8巻)各637~755円
谷崎純一郎、猫と庄造と二人のおんな、新潮社文庫、432円
※読みやすい。甲斐性のない主人公の心情描写がおもしろい。
丸谷才一、日本語のために、新潮社文庫、594円
※何を名作というのかがわかる。
和田誠、もう一度倫敦巴里、ナナロク社、2,376円
※和田誠の「雪国」もおすすめ。倫敦巴里の復刻版!
吉野 安里 | |
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