美しい景観をつくるもの(森林空間利用の事業化 第1回目)
<2022.7.12> クリエーター科・森林環境教育専攻の「森林空間の事業化」を下呂市で実施しました。
今年4月から本校に就任した私・小林(こばけん)の担当する科目には・・・
・「山村集落論」・・・ 山村の成り立ちを知る
・「山村の経営の人・資源・技術」・・・ 山村を訪れ、地域資源を知り、活用をするプロジェクトを学生自らがつくる
・「ローカルビジネスの担い手に学ぶ」・・・ 地域資源を活用したローカルビジネスと、それを手がける人に出会う
・「山村資源利用演習」(エンジニア科)・・・ 山村、森林の資源を活用している方から実践を通して学ぶ
・・・などがあります。プロジェクトも事業も、どちらかというと個人や企業が、地域資源や森林資源を活用し、素材生産やプロダクトにすることを取り上げてきました。
7月から始まった「森林空間の事業化」では、山村や森林という”空間そのもの”や”山村や森林全体”を活用している事例を学ぶというものです。国が推進する「森林の多面的機能の活用」の実例ともいえます。
全国で様々な取り組みがされていますが、第1回目は、まずアカデミー卒業生の現場を訪ねることにしました。下呂市の(一社)馬瀬地方自然公園づくり協議会に携わる、天池信正(あまいけ・のぶまさ)さんです。
下呂市馬瀬地区で活躍するアカデミーOBの天池信正さん
天池さんはクリエーター科12期生(2012年入学)。所属した「山村づくり講座」(当時。現在の森林環境教育専攻)のプロジェクトで関わったことが縁で、そのプロジェクトを発展させ、地域の方といっしょに馬瀬地域で地域づくりとグリーンツーリズムの事業を立ち上げました。卒業後、馬瀬での8年間はあっという間だったといいます。(詳しい天池さんのプロフィールは こちら ) 今回は天池さんの手がける「馬瀬里山ガイドウオーキング」を中心に、地元の方々からお話を伺う機会をいただきました。
まずは、馬瀬西村地区にある「水辺の館」へ。南飛騨馬瀬観光協会があり、馬瀬の観光拠点となっている施設です。こちらで、観光協会の事務局長、小川智哉(おがわ・ともや)さんからお話を伺いました。馬瀬の魅力や観光事業などいろいろなお話を伺う中、小川さんご自身の今に至る経緯にも興味が湧いてきました。
南飛騨馬瀬観光協会の小川智哉さん
中津川市出身の小川さんは2014年、地域おこし協力隊として馬瀬に移住。小川さんたちは、下呂市の地域おこし協力隊・第1期組だったそうです。協力隊の3年間の活動後、ちょうど職員募集があった観光協会に就職されました。
下呂市の協力隊には、自身で事業を起こす方も多いそう。その理由として小川さんは、「下呂市の地域おこし協力隊は条件がいい」とコメントされました。下呂市では協力隊退任後に地域で定住できるよう、就任中に定住に向けた準備にも時間をしっかりかけられるよう、勤務時間が調整されているそうです。このおかげでプロジェクトの事業化や新たな起業などの準備が任期中にでき、退任後のスムーズな定住化につながっているとのことでした。
また外から来た人が多く定住する理由として、小川さんは行政の理解と支援のほか、人々の温かさ、そして馬瀬の地域資源の豊かさを挙げます。美しい景観が馬瀬地区の魅力ですが、それは集落で派手な色を使わないことや、景観を良くするための間伐作業が行われたりなど、地域に住む方々の意識が高いからだそう。森林の整備については、林業を生業にしている人は少ないが地域の景観をよくするためにみなさんで手がけられているそうです。
こうした人々の愛情と労力でつくられた美しい景観により、2007年に馬瀬西村地区が「日本で最も美しい村」に加盟。また2016年には農林水産省の「食と農の景勝地」に、全国わずか5カ所のうちの一つとして選出されました。
地域住民の意識の高さ、そしてそれを外に発信する人々の努力が功を奏し、馬瀬の魅力は国内外に広まりました。海外からのインバウンドも増えてきましたが、その矢先、新型コロナウイルスの影響を受けます。しかし小川さんたちは「馬瀬里山ガイドウオーキング」のほか、「鮎釣り教室(フィッシングアカデミー)」や「魚つかみ」など多数の体験プログラムを充実させ、観光における市の広域連携機能も活用しながら積極的に広報を打ち出し、今年はすでにコロナ禍前の1.5倍の集客となっているとのことでした。
「馬瀬川とアユが地域の中心。それを中心に食と観光を地域ブランド化する。米もブランド化し、川を汚さない米づくりに地域を上げて取り組んでいる」という小川さん。また、「こうした流れは、協議会の立ち上げなど地域の方々の思い、その後の天池さんたちの活動からつながっているもの」とも述べられていました。
小川さんのお話を伺った後、午後からはいよいよ天池さんの「馬瀬里山ガイドウォーキング」のスタートです。農山村景観とそこに住む人々の暮らしの文化をまるごと野外博物館にみたてた「馬瀬里山ミュージアム」を天池さんのガイドで巡ります。
当日は梅雨の戻りとなりましたが、そこかしこを水が走る音を楽しみながらの里山散策を楽しみました。
馬瀬川沿いを歩く
古い街道
大きな蔵のある家
天池さんのサプライズ!水舟に浮かべた採れたてトマト
区長も務めたノブヨシさんのお宅を拝見。自分の山の木でつくったそうで、木造建築専攻の学生も興味津々。
「扉が3つある家」とお邪魔したお宅。大きな農家さんの大きな扉に小さな扉、その上にツバメ用の扉が!
偶然お会いした古民家を購入して自身でリフォーム中の家主さんに、お宅を拝見させていただきました
時折強くなる雨足に少し短めのコースになったとのことでしたが、美しい西村集落を堪能して「水辺の館」に到着。地域の魅力が一体となった「馬瀬里山ミュージアム」を体験したアカデミー生に、この授業のテーマである「森林空間」と「事業化」をふまえて一日のふりかえりをしてもらいました。
・地元の人と交流できて楽しかった。
・森林空間にもいろいろある。森林とつながる「里山」というのもその一つだと思った。
・自然の恵みを受けながら暮らしている人と触れ合えたことは貴重な経験だった。
・地域の魅力が「移住がしやすい地域」にもつながると思う。
・しごとをするのも、暮らすのも、地域ではお互いの信頼関係が必要だと感じた。
・ミュージアムにすると、草刈りなど、見えないところをやらないといけない。後継者づくりも大切になってくる。
・・・などの感想が述べられました。その他:
・木造建築の視点では、家を守ることが地域を守ること、自然を守ることにもつながっていることに着目した。
など、自身の専門分野での視点での感想も。
最後に天池さんは、これまで活動の拠点となっていた「彦ちゃんハウス」について話されました。
「地域の人が集まる、”ひこさん”が建てた小屋だった。ツアーで外から来た人も寄って、体験したり地域の人と交流ができた。しかし持ち主が亡くなり、今はもう無い。空き地になったが、今でもその跡地を自分が草刈りしている。あの人のおかげでここまで来た、という感謝がある。死んでからも大事にしていかないと」
ガイドツアーの間、学生の一人が「ここはすごく懐かしい、ほっとする風景」と言っていました。そう感じる理由の一つが、集落全体で草刈りが丁寧にされていることがとても大きいと思いました。田園風景が広がる農村では、田んぼの畦の草刈りはされますが、西村地区では田んぼ以外の部分も丁寧にされているのです。それは住んでいる方が、自分の家とその周りを刈るだけでは、まだまだ足りない、広大な面積です。住んでいる人々、関わる人々の意識と愛情、そして想像を超えた時間と膨大な労力の結晶が、この美しい村の風景を、今自分達が目にすることができるのだとあらためて思いました。
外から入った天池さんも、地域の人々の意思を継いでいます。だからこそ多くの人から信頼され、地域に深く関われることで魅力的なツアーをつくり、実施できているのだと思います。天池さんは今でも、自宅がある可児市と馬瀬を往復しながら、自分が使命だと思う活動を続けています。
「森林空間の事業化」は多様な展開がありますが、地域全体がつながるエコツーリズムをつくるための、最も大切なことを教わった一日でした。天池さん、本当にありがとうございました!
P.S.
ノブヨシさんの奥様にいただいた朴葉すしが、とても美味しかったです!
学生みんなにもいただき、恐縮です。ありがとうございます、ご馳走様でした!!
准教授 小林謙一(こばけん)