現地だからできる!山村を”全身”で理解する(山村集落論 第3回目)
<2022.8.8> クリエーター科・森林環境教育専攻の「山村集落論」第3回目を実施しました。
前回、第2回目で教室でやる授業にギブアップした新米教員。困ったときにいつも頼ってしまう、郡上市和良町の加藤真司さんに今回もご協力を仰ぎました。加藤さん、ありがとうございます!!
和良町出身でUターンした加藤さんは現在、まちづくり団体、和良おこし協議会の事務局長を務めます。和良の地域おこし実践隊(郡上市独自の地域支援員制度)に就任してから足掛け7年、和良町の地域づくりを実践されています。
加藤さんが地域づくりに関わったときに約1,900人だった人口も、現在は1,600人を切り、過疎化がすすんでいます。一方で、和良おこし協議会は集落点検や空き家活用、田んぼオーナー制度、交流拠点「和良おこし」の整備など、さまざまな事業を手がけ、移住者の呼び込みや関係人口の創出を実現しています。
「山村集落論」最終回として、山村集落を構成するものを現地で体験しながら山村集落の未来を考えたいと、”先進的な現場”である和良地域に伺いました。
授業スタートは「和良おこし」をお借りし、まずはこれまでの振り返り。第1回目、第2回目の内容を「coggle」でマインドマップにしてみました。こちらを踏まえて、今回の内容とねらいを共有します。
オリエン後、早速加藤さんの案内で和良のフィールドワークへ。「集落を構成するもの」という視点をもって、神社、川、道の駅、洞穴、地域の木でつくった中学校、田畑や水路、貴重な植物など、さまざまな和良の地域資源を巡ります。
<田平の白山神社>
<東野の白山神社>
< 蛇穴>
<戸隠神社>
<道の駅 和良>
<日本一と称えられた鮎が泳ぐ和良川>
<地域の木で建てられた郡上東中学校>
和良地域の視察のあとは、和良おこしでお話を伺います。和良おこし協議会の加藤さんと、地域おこし実践隊3年目の中島幸夫さんも参加くださいました。中島さんは、東京で外資系企業に勤めたあと、世界的に注目されるデンマークのビジネススクール「Kaospilot(カオスパイロット)」に通ったという、異例のキャリアの持ち主です。
お二人からは、これまでの数多くの取り組みを紹介いただきながら、地域に住む者としての視点や、現在の課題について詳しくお話いただきました。人口流出、少子高齢化、それらに伴う地域経済の衰退など、山村集落をとりまく課題はとてもたくさんありますが、「この地域がこれからも続いていくためには」を自分ごとでとらえ、真摯に実践されている加藤さん、そして中島さんのお話は、実践者としてのリアリティと重みがあります。
和良おこし協議会の加藤さん(奥)と中島さん(手前)
外から見ると不便で、またさまざまな課題あるように見える山村集落。
そんな山村に、人はなせそこに住み続けるのか?そしてなぜ、自ら地域づくりの活動を手がけるのか?
お二人に、その思いを伺いました。
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加藤さんのお話。
「和良は”いいあんばいの田舎”だと思うんです。田舎だけど学校もあるし、病院もある。人のつながりもある。だから、多くの人に和良を見てほしいし、和良に繋がってほしいと思います。
自分が地域づくりに関わるのは、”ここに暮らしている以上、ここを暮らしやすいところにしておきたい”、という思いですね。でも自分達だけではできないので、外の人も頼ります。他出子や関係人口など、様々な人の力を借りて、和良を守りたいです。」
今年8月、和良では次の一手として新たに「和良の郷総合開発株式会社」が誕生しました。「道の駅和良」を中心に、道の運動公園や2つのキャンプ場、道の駅のレストランや物産販売所などの事業所を統合する形でスタート。また、観光窓口として情報の集発信も行なっていくそうです。既存の事業を再編成しながら、新規事業づくりも手がけていくことで、若い人材の雇用にもつなげたいそうです。
事業収益が地域振興へ再投資を可能にする、”地域総合商社”のような発展に期待が膨らみます。
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そして中島さんのコメント。
「和良に移住して、不便だと思ったことはありません。日本の山村には、生きるためのインフラや、資源があり、ないものは無いですね。唯一ないのが人的資源だと思います。だから、人がいればなんでもできると思うんです。
中島さんは、来年3月に実践隊を卒業。卒業後は自身で和良でゲストハウスを開設する予定とのことで、現在開業に向けた準備をされているそうです。
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思いのある人々が次々と地域ビジネスを立ち上げる・・・人が惹かれる地域とは、その土地に愛着を持ち、多くの人とその価値を共有しながら、互いに力を合わせてさらに魅力ある地域にしていく、そんな循環が生まれるところなのかもしれません。
実際に地域にうかがい、山村集落のこれまでと今、そしてこれからを学ぶ、とても貴重な機会をいただきました。突然のお願いにも関わらず、快く受け入れてくださった加藤さん、中島さん、本当にありがとうございました!
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・・・と、授業はここまで。
でも。せっかく和良に伺ったので、ここからは希望者のよるエクスカーション・プログラムを行いました。
まず、民族映画研究所(通称、民映研)制作「粥川風土記」の鑑賞。
「ローカルビジネスの担い手に学ぶ」で訪れた、郡上市美並町粥川地区の貴重なドキュメンタリー映画です。「粥川風土記」は、民映研の所長であり映画監督である故・姫田忠義氏がてがけた最後の作品のようです。山村の暮らし、風土、文化、木や生き物など自然との関わりなど、「山村集落論」はこれを見れば全てわかる!という圧巻の内容です。授業ではなかなか見る時間を取れないでのすが、アカデミー生には是非みてほしいと思っていたので、良い機会になりました。
2009年に郡上市美並町で開催された「日本山村会議」チラシ。
姫田先生も参加され、アカデミー生も多く関わりました。
翌、8月9日は「縄文」をテーマにエクスカーション。
日本の山村で話を伺うとき、どうしても切り離せないのが、集落が形作られるはるか以前から人が森林に関わってきた、縄文時代からのつながりです。和良町でのフィールドワークでも、度々縄文時代の遺物のお話が出てきました。
「山村集落論」では直近100年にフォーカスをあてて集落を考察することにしているので、それ以前の時代をなかなか取り上げられないのですが、授業から少し外れた今回は、思い切って時代をジャンプして縄文時代に思いを馳せます。
まずは、和良町のお隣り、下呂市金山の巨石群へ。巨石が点在するエリアには祠が祀られ、自然信仰の対象と捉えられますが、最近の研究でこれらは、縄文時代から続く高精度な天文台だった可能性が示されました。それが事実だとすると、これまでのいろいろな常識が覆りそうです!
金山の巨石郡。それぞれに、天文的意味が発見されているそう
解説看板。「へぇー!」と驚くこと多々
古代の人々が抱いた天文への想いに触れた後は、再び郡上市に戻って、その名も「縄文洞」に。縄文時代に人が住んでいた痕跡が見つかっている鍾乳洞です。「ミステリーツアー」という謳い文句で、洞内はノー照明。受付で懐中電灯を借りて、ライトの光だけで漆黒の鍾乳洞を巡ります。
縄文洞(郡上市八幡町)の入り口。手にはそれぞれ懐中電灯を持って入る
縄文時代、人々はどんな暮らしをしていたのか。それが今の山村にどう繋がっているのか・・・。山や森林、自然と人がどんなつながりを持って時代がつくられてきたのか、想像できる100年を超えて、一万年前まで思いを馳せた2日間でした。
森のこと、そして持続可能な社会を森林から考えるとき、悠久の時間から今を紐解き。未来を想像することが大切だと思います。私はまだまだ伝える力が足らないのですが、アカデミーには川尻先生(ジリさん)の「神話から森話へ」という名講義があるので、ぜひ復活してほしい、と密かに思っています。
准教授 小林謙一(こばけん)