「好き」がつながって、仕事になる。
伊佐治 彰祥(林業専攻)
木を伐るだけじゃなくて、チェーンソーでログチェアを作ったり、狩猟をしたり、炭焼をしたり、火おこしの名人だったり、とっても多才な伊佐治先生。おととし定年退職されましたが、退職後もアカデミーにある森林総合教育センター(モリノス)で「いさG」として活躍されています!
ログハウスをつくって、チェーンソーを学ぶ
――伊佐治先生はどんな幼少期でしたか?
伊佐治:まわりのみんなはウルトラマンとか仮面ライダーが好きだったけど、そういう戦隊ものよりも、当時「野生の王国」っていう世界の野生動物を紹介する番組があって、そういう自然のドキュメンタリーが好きでしたね。どちらかというと、街中の遊園地に遊びに行くよりは、当時から自然の中で遊ぶのが好きな子どもでした。
——その頃から、山の仕事につきたいなと思っていたんですか?
伊佐治:その頃は、林業や森に関わるというよりも、自然の中で動物に関わる仕事がしたいなあと思っていました。当時はそういう仕事があるかどうかはわからなかったけど、自然公園のレンジャーみたいな仕事があるといいなあって。あとはね、アメリカのホームドラマでお父さんが森林警備隊に勤めている番組があって、それを見て、森林警備隊ってかっこいいじゃん、なんてことを思ったことがある。あともうひとつ、「わんぱくフリッパー」って言う番組があって、それはお父さんが沿岸警備隊に勤めているテレビドラマだったんだけど、そっちもちょっと興味はありました。だから森にこだわってはいなかったね。
——森林に関わる仕事につきたいと思ったのはいつ頃ですか?
伊佐治:思いがちょっと具体的になったのは、大学からですね。大学は日本大学の林学科に入りました。大学生活は楽しかったんだけど、でも大学で学んだことはあんまり覚えてないの。それだけ真面目に勉強してなかったんだなあ。どんな科目があったっていうのは覚えていて、やっぱり座学が多かったね。1年生のときは神奈川県の藤沢という、湘南の近くのキャンパスに通っていて、そこは山はないけど、軽い実習はできたんです。2年生になって世田谷区にある三軒茶屋のキャンパスに通ったんだけど、そこはもう本当に校舎しかない。実習は学校から遠く離れた、群馬県の沼田にある演習林に行かないとできなかったんです。実習は楽しくてしょうがないのに、その時間はわずかしかないから、もの足りなさはあったね。
――基本的な林業の技術は大学の頃に学ばれたんですか?
伊佐治:チェーンソーや林業機械の使い方は就職してからです。仕事は、岐阜県庁の林政部という林業の行政を担うところがあって、そこの職員になりました。林業行政に関わる仕事はいろいろあるんだけど、その中でもいちばんやりたいと思っていたのが林業技術を普及する仕事でした。林業は、いきなり山の現場にポンっと入ることもできるけど、でもちゃんとしたベースの知識を身に付けて入れば、本人にとってもいいし、会社にとってもいいし、ということを思いながらやっていたかな。特に安全のことに関しては。山の現場に行くとどうしても危険を伴う作業もあるので、その中でもなにがどう危ないのかということがわかっていれば、自分の身を守れるし、人にケガをさせないので、そこはちゃんと教えたいなと思っていました。林業技術を普及する仕事は、20年くらい担当させてもらいました。
伊佐治:チェーンソーの使い方を色々覚えたのは、林政部の同僚や先輩たち8人くらいでログハウスを作ったときですね。そのときに削ったり切ったり、かなり長い時間チェーンソーを使って、そこでいろんなテクニックを覚えられたかな。研修会や授業では、手際よく仕事を済ませるというよりも、安全に作業を終えることを大切にしていました。いろいろな林業の教科書があるんだけど、めんどうでも教科書どおりに伐ってみると、こうだからこう伐らなきゃいけないっていう根拠に気が付くことができる。それを確かめながらやっていました。なかなか林政部の職員でも木を伐る機会がある人は少ない。そういう点では恵まれていたと思います。
「山の神さま」を感じるとき
——狩猟はいつ頃からはじめたんですか?
伊佐治:狩猟を始めたのはわりと遅いんです。鉄砲の猟をはじめたのが今から10年くらい前で、その前から狩猟には興味があったんだけど、狩猟をするためには狩猟免許、銃を持つためには銃の所持許可が必要で、そこまでしてやるところまではいかなかった。それまではもっぱら魚釣りをやっていました。いちばん好きだったのは山の中に入って、ちっちゃな谷で毛針を使ってイワナを釣ることかな。狩猟は、最初は空気銃で鳥を獲っていました。ハトとかカモとかキジとかね。獲れたのはヒヨドリが一番多かったけど。獲物が小さいから、あとの処理も楽だし、獲る場所もそんなにこだわらないし、空気銃での鳥猟だけで十分楽しんでいたんです。でも、アカデミーに来る年くらいに、山に植えたスギ・ヒノキの苗や樹皮を野生動物が食べてしまう森林獣害対策にも役立てられると考えて、一種銃猟(装薬銃)とわな猟の免許を取りました。それで、装薬銃という散弾銃やライフル銃などの火薬の銃を持つことにしたんです。
――イノシシとかシカを獲りはじめたのはそこからですか?
伊佐治:そう。まだ5年くらいじゃないかな。罠にかかって暴れまわるイノシシやシカを安全に取り押さえるためには銃があったほうがいいし、必然性はありました。もともとそういう道具類が好きだしね。
——狩猟をやっていて、おもしろいなと思うのはどんなときですか?
伊佐治:狩猟には、近くの山にひとりで行くことが多いのだけれど、獲物がたくさん獲れているわけじゃないのね。例えばシカ猟に10回行ってやっと一頭獲れるかどうかのレベル。でも、とにかくひとりで山の中に入って、森林空間を独り占めして、獣にたどり着けることを願いながら、地図を見て、山の様子を観察し、歩き回ることだけでもかなり楽しんでいます。あとは、銃や罠という道具を扱う技術的なおもしろさもあります。もちろん獲れればなおさらいいんですけど、獲れちゃうとその後は解体・運搬などの重労働が待っているので、どうだろうね。獲れるまでが一番面白いのかもしれないね。
伊佐治:山の中を、ひとりで歩いているでしょ。そうすると本当に突然、山の神さまがプレゼントを置いてくれたみたいなかんじで、パッと獲物が目に入ってくることがあるんです。この間も、歩いていてフッと立ち止まったら、50メートルくらい先にシカのおしりが見えたことがありました。さんざん山の中をがさごそ音をたてて歩いていたのに、突然降ってきたみたいに現れることもあるんだよね。その背景を考えると、風向きがちょうどよかったり、風が強くて音がまぎれちゃったり、きっといい条件があったんだろうけど、そういうのを抜きにしても、山の神さまが見ているんじゃないかと思いたくなるような瞬間があるんですよ。いつ現れてもいいように、それに備えていればチャンスを活かせるんだけど、どうせいやしないだろうと思っているときに限って出てくるんだけどね。
山にも町にも近い!
――アカデミーではどんな科目を教えていたんですか?
伊佐治:教えていた科目は、林業の技術系。例えば、チェーンソーや草を刈るための刈払い機の使い方、チェーンソーを使った丸太の加工技術、測量、炭焼もやりましたね。いちばん自分が楽しかったのは、森林獣害対策かな。
――それは狩猟をやっていたからですか?
伊佐治:そうですね。狩猟はもともと趣味ではじめたんだけど、こんなかたちで趣味を活かせるってちょっと幸せすぎるよね、と思っていました。例えば、チェーンソーを使ってログチェアとかログテーブルを作るのも、昔、仲間と一緒に山小屋を造ったときに自分が身に付けた知識や技術を活かすことができたと思う。銃でもチェーンソーでもそうだけど、道具を扱うのが好きなので、テクニックをいろいろ知りたいし、やってみたい。
――アカデミーのすごいところ、魅力はなんですか?
伊佐治:アカデミーは、まずフィールドとか施設とか、学びの環境がすごいんじゃないかな。林業の機械、実習のフィールド、製材の工房、木工の工房もあるし、演習林が近い。学校の中でチェーンソーもできるし、木も伐れるし、製材もできる。そういう環境がすごく恵まれていると思います。あとね、町に近いところに学校があるでしょ。自転車があればとりあえず買い物にも行けるし、コンビニも近い。山のなかにポツンとあるわけじゃなくて、町に接しているので、まわりの環境としても良いと思います。で、これは絶対言わなきゃいけないんだけど、すごい個性がある先生たちがいるよね。それも、いろんな分野にそれぞれ詳しい常勤の先生がたくさんいる。これはちょっと贅沢すぎるかもしれないですね。2年間しかないから、学生さんが本当に恵まれた環境だってことをわかっていて、上手に過ごさないともったいないなって思うくらい。本当にいいところだったなって思ったときには卒業が間近にせまっていて、あれやっとけばよかった、これもやっとけばよかったってなるのが普通なのかもしれないけど。でも、卒業してからも顔を出しやすいところだと思います。それもいいところじゃないかな。さらに、卒業生のネットワークがすごいですね。森林・林業関係に勤めている卒業生がとてもたくさんいて、そういう人たちがこれから卒業する人たちにとっても、すごく大きな財産だと思う。
――将来、アカデミーに入学したい人や、森に関わる仕事をしたい人に向けてメッセージをお願いします。
伊佐治:アカデミーに来ると、いろんな先生がいて、いろんな学びの分野があって、学生も年齢層や人生経験の幅が広くて、いろんな情報や知識、技術が得られる環境だと思うんです。2年間のんびりもしたいかもしれないけれど、基礎的な知識や技術、理論といった大事なところだけはしっかり押さえていってね。あとは、安全に関する基本的な知識、心得も大事ですね。アカデミーに入学するのは、自分の将来の進路を絞ってくることになるんだけど、なにを目指すかさえしっかり考えていれば、必ずいいものが、いい学びが得られると思います!
伊佐治:最後にさ、教員をさせてもらえて本当に幸せでした。やっぱり学生と向き合うってとても新鮮だしね。やっている仕事は技術指導とか担い手育成だし、いい仕事をさせてもらえたなあ。楽しかったよ。
インタビュアー 松下由真(森と木のエンジニア科/2022年3月卒業)