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2022年02月21日(月)

森林文化アカデミー20周年記念森林文化特別連続講座(最終回)報告

はじめに

2001年4月に開学した森林文化アカデミーは本年度開学20周年を迎え、いくつかの記念事業が行われてきました。そのうちの一つが「森林文化特別講座」です。既に8回が開催されましたが、先日、本学の涌井史郎学長を講師に最終回が開講されました。講義はアカデミー学生と教員を対象に行われ、どんな哲学で我々は自然や森林と向き合えばよいのか、我々の進むべき道へのヒントを示していただきました。
今回は少し長めになりますが、その概要をお届けします。

涌井学長による講演

涌井学長にご講義頂きました。

現在の地球環境
まず最初にプラネタリー・バウンダリーという概念を紹介いただきました。これは現在の地球で人類が安全に生存することのできる領域と、その中で人類の活動によって生じるであろう限界点を表しています。人間は物理的にも環境的にもいかに狭い領域で暮らして居るのか、そこを超えないように自覚する必要があるということです。
さらに、今大きな社会変容が求められているが、そのためには NbS(Nature based Solutions):自然資本に基づく解決策が有効である、というお話がありました。まず NbS を検討し、しかるのち賄えないものをハードで補完する、といった発想が必要であるとのことでした。森林も気候変動枠組み条約の中では二酸化炭素の吸収源としてしっかりと位置づけられていますが、これもNbSの一つの例と言えるでしょう。

 

最近の社会変化
我々が求めるべき社会では、単に経済力だけを尺度として目標を達成するのではなく、新たな幸福のあり方を考えていく必要があります。 SDGsはこれらを達成するための目標というよりは、もはや次世代に残す環境の改善に向けてのモラルであると言うことができます。
現在の社会がどのように変容してきたかについてもお話がありました。物販についても百貨店のように実店舗で大衆を相手にしたものから、通販のように個を対象にするような変化が起きています。モノ消費からコト消費・時間消費への変化、固定的 Work style からリモート等を活用した Free adress へと職場のあり方も変わってきています。

 

COVID-19と社会的大変容
これらの変革を待ったなしで促す形で現れたのが、Covid-19 のパンデミックであるという見方もできます。実際に過去の社会的大変容のきっかけには、世界的規模の疫病の流行があったことも話していただきました。ペストがもたらした教会中心の社会からの脱却が中世から近世への変革をもたらしたことや、同様に近世から近代への変化にはコレラの流行がきっかけで「労働階級」が認識され、公衆衛生から都市計画が生まれたことが背景にあるそうです。近代に関しても今回のパンデミックを彷彿とさせるスペイン風邪の流行が社会に大きな影響を与えています。

 

自然資本の重要性
ではこういった時代に私たちの社会はどのように変わらなくてはいけないのでしょうか? お話の中であがったのは、グリーンインフラや、EcoDRR、グリーンリカバリー、グリーンニューディール など、自然資本に基づいた解決法、つまり NbS です。同時に人間がピラミッドの上位に位置し、人間本位で考える「エゴシステム」ではなく、人間も他の生物と同じく生態系の一員であると考える「エコシステム」への発想の転換が必要とされる、というお話でした。これは地域の生態系、つまり自然環境が健全であれば、地域社会も健康であり、そこで暮らす個人も健康である、というワンヘルスの概念と呼応しているように思います。

 

これからの社会
COVID-19 以降の社会構造はどのようにあるべきなのでしょうか。現在は地方は中央にエネルギーや食糧の供給を行い、中央は地方に富を分配するという、中央に種があって周囲に果肉のある、いわばリンゴ型の社会構造が確立しています。それに対して地方と中央ではなく、特定機能を強化したコアとそれを支えるサブコアが互いに対流し、個性と創造性を磁力にした地域が互いに競い合う経済構造、つまりブドウ型社会構造が求められるとのことでした。

 

労働のあり方
労働のあり方についても話題にあがりました。従来の中央集権型社会構造では、労働者は会社等の組織の部品として扱われ、中央の指令によって、特定時間内の生産性提供型労働を強いられてきました。これに対してこれからは個の確立した個人がネットワークでつながりながら、生産性と付加価値を創出する、新しい労働スタイルが必要とされます。ICTやDXがこれらの働き方を後押しすることでしょう。

しかし、これからデジタルな消費や働き方が増えて行く中で、従来はなかったストレスが増えていくことが予想されます。こういったストレスを緩和できるのもまた自然資本です。その実例についても多くのお話がありました。森林サービス産業はここでも大きな力を発揮すると考えられます。森林サービス産業を要素に分解してみていくと、これは森林文化アカデミーの扱う分野そのものではないか、という指摘もありました。

 

地方はどうあるべきか

講演後にはいくつか質問の声があがりました。その中に「人口減少や高齢化、都市への人口集中が進む中で地方はどのように問題を解決していけばよいのか」という質問がありました。それに対しては、江戸末期に300を超える数の藩がそれぞれ自立して自然資本を活用し、循環型で無駄のない社会を築いて経済を回していたことを例に、現代でも地域循環共生圏を実現していくことができれば悲観することはない、ただし、そのための課題として伝統の技や資源を次世代に伝えていくことが必要である、との見方を示していただきました。

 

おわりに

学生からの質疑に答える涌井学長

学生からも盛んに質疑があがり、1つ1つに答えて頂きました

質問込みで1時間半の限られた時間でしたが、これからの世界がどのように変容していくのか、いかなければならないのか考えるうえでのヒントを数多くいただきました。本稿で紹介したのは講演内容のごく一部であり、紹介できなかったエピソードも多々あります。また、ここで示した講演内容はあくまで個人の感想ですので、その点読者の皆さまにはご了承頂きたいと思います。

これで森林文化アカデミー開学20周年記念森林文化特別講座はすべて終了となります。我々教職員、学生一同、開学30周年に向けて、引き続き森林をベースに持続可能社会の実現に向けて活動して参ります。これからも森林文化アカデミーをどうぞよろしくお願いします。

 

森林文化アカデミー開学20周年記念事業特別連続講座担当 柳沢直