教員リレーエッセイ8:命を守るための性能設計(構造編)
小原 勝彦(木造建築)
【はじめに】
私の専門分野は木造建築の「構造」です。皆さんが楽しく生活していくために、そのベースとなる皆さんの命を守る部分を仕事としています。
その一部になりますが、熊本地震の震災調査、熊本地震の被災状況を軽減した「制振ダンパー」、岐阜県産材利用のための構造技術の開発「木造トラス」と「木造ラーメン」、CLT材の利用について紹介させていただきます。
【トピック1】 熊本地震の被災状況
・熊本地震の被災状況
熊本地震は2016年4月14日21時26分に最大震度7の前震、4月16日1時25分に最大震度7の本震の他、複数回の震度5弱以上の余震を生じた地震です。我々の調査チームは5月31日および6月18日~19日に震災調査を実施しました。
震度7を2回計測した益城町では比較的古い建物(写真1)は倒壊している割合が高かったです。また、2007年竣工した建物も甚大な被害を受けていました(写真2)。この新しい建物の被害の状況をどのように皆さんは捉えるでしょうか。大地震を受けても建物が崩壊しきっていない写真2の状況は、建築基準法のクライテリア通りの損傷なのです。調査に同行した学生も各々思いを抱いたことと思います。
これらの建物は、構造性能設計がなされていない建物です。
写真1 比較的古い木造住宅の倒壊
写真2 新しい木造住宅の被害
その一方で、益城町で外観上損傷を生じていない新しい木造住宅もありました(写真3)。この建物の周辺の被害状況としては、隣の街区にて被災建築物応急危険度判定※で「危険」と表示されている建物の割合が87.5%でした。尚、熊本県全体での「危険」表示割合は27.3%です。
写真3 無微被害の新しい木造住宅
実はこの写真3の建物は、構造性能設計(時刻歴応答計算による検証)がなされていた建物であり、かつ森林文化アカデミーで開発した「制振ダンパー」が設置されていました。この制振ダンパーは実大振動実験なども実施しており、国際会議などでも公表していて、学術的な裏付けを持っています。
写真4 制振ダンパーの実大振動実験
写真5 国際会議でのアカデミー学生による発表
「制振ダンパー」を設計に組み込むことは非常に高度な構造設計手法となりますので、一般の建築士さんにも手軽に「制振ダンパー」を利用して頂くために、ソフト開発なども実施しています。利用しやすい状況が構築でき、この制振ダンパーの日本国内での実績は既に1万棟以上あります。
図1 開発した時刻歴応答計算ソフトとその計算結果シート
【トピック2】 岐阜県産材利用のための構造技術の開発
前述の制振ダンパーのみならず、岐阜県産材を利用するための構造技術の開発なども学生と一緒に行っております。
・木造トラスの開発
中大規模木造の需要が出てきている昨今ですが、大きなスパンを確保するために、大きな断面の梁が必要になります。しかし、大きな断面の梁はコスト高になりますので、小径材を組み合させて、一体として大きな梁となるような構造部材が必要になります。そこで、岐阜県産材を利用した木造トラスの開発を行いました。
強度試験や防耐火試験などを実施しました。
写真6 木造トラスの開発
写真7 木造トラスの防耐火試験
開発した木造トラスは、保育園、コミュニティー施設、高速道路の施設など実物件で利用され始めています。常時微動測定による構造性能の検証を学生と実施しましたが、非常に構造性能が高い結果が出ました。
写真8 実物件における木造トラスの利用
・木造ラーメン構造の開発
鉄筋コンクリート造や鋼構造などではラーメン構造により中大規模な建物を建設しています。そこで、木造でもラーメン構造を利用することで中大規模建築をつくることが可能になるように、構造技術の開発を実施しました。
写真9 木造ラーメン構造の公開実験
この木造ラーメンは日本初となる45°方向実大加力試験なども実施しています。
写真10 日本初となる木造ラーメン構造の45°方向実大加力試験
また、国際会議などでも公表していて、学術的な裏付けを持っています。
写真11 国際会議での発表
【トピック3】 CLT材の利用
CLT材をCLTパネル工法として利用するための取り組みも行っております。そのキックオフ・シンポジウムを名古屋市内で開催したところ、日本各地から多くの方々にお集まりいただきました。
CLT材を利用した建築の視察なども学生と一緒に行っております。写真12は、ショッピングモールで、ウェーブ状の屋根の下地材がCLT材となっています。写真13は、1階が店舗、2階以上が集合住宅となっているCLT構造の建築です。
写真12 ショッピングモール:屋根下地材がCLT材
写真13 集合住宅:CLT構造
CLT材を軸組構法に用いるための大臣認定を取得し、設計した物件があります。CLT材として一般的に利用しやすくするための技術開発です。
図14 CLT材を耐力壁として使用した建物
【さいごに】
私と学生が実施しているいくつかのことについて、お話しさせていただきました。我々は、調査、測定や試験などに基づいて、日々、構造性能の検証を実施しています。定性的ではない定量的な性能設計を木造建築で実施することは非常に重要なことだと考えています。
命を守るための性能設計は非常に大事です。
森林文化アカデミーで我々と一緒に性能設計を実施して、日本中に広めていきませんか。