木工事例調査②「早川産業」 中津川市連携事業
森林文化アカデミーの木工専攻では毎年、全国有数の木工産地の一つである岐阜県中津川市の工房を巡る「木工事例調査」を実施しています。毎回大きな驚きや発見があるこの調査、今年は5ヶ所の工房と、神社、歌舞伎小屋を2日間かけて巡りました。準備と運営はアカデミーと中津川市の連携協定に基づき、中津川市林業振興課にご協力いただきました。
レポート第2弾は、特産のヒノキを使い神棚を製造販売する早川産業です。
早川産業について
早川産業は中津川市付知町にあり、20年ほど続いた刷毛板製造業から昭和49年に神殿・仏具の製造および販売へ業態を変更して現在に至る企業です。今回は早川正人社長にご案内いただき、神殿・仏具を製造している工場と社屋に隣接するショールームを見学させていただきました。
中津川市付知町は木曽ヒノキ、東濃ヒノキの産地であり、地元の熊澤製材所より購入したこれらのヒノキを材料として神棚や仏壇等を製造しています。工場長を含め5人の職人さんが製造を担当していて、地元出身者を中心に年齢層は20代から60代に渡ります。生産が多い状況にあり、外注6社に生産を委託しているそうです。現在は海外へも神棚の部品を製造委託しており、日本の技術に近づいていると仰っていました。今回のコロナ禍で部品の入荷に少なからず影響が出ているそうです。
工場内では、私たちがアカデミーのウッドラボ木工房でよく使用している機械を目にしました。若い作業者の方も、担当する仕事を慣れた手つきで行っていました。第二工場も建設しており、今後は技術の伝承を目的に若い人をもっと養成していきたいとの事でした。また、また、流行に左右されない製品であるため、30年近く同じものを収めてもらっている外注業者さんもいるそうです。同じ製品を長く作り続けられるのはうれしいことと早川さんが仰っていたのが印象的でした。
神棚については新デザインのものもありますが、いわゆる伝統型の神棚の方が需要が多いそうです。材料の違いや手の込んだ意匠採用により値段もかなり違ってきます。近年では交流のあるプランナーとコラボし、モダンなデザインのお札入れのシリーズも手掛けています。
また信仰に関わる製品を製作しているため、神棚産業は特殊な業界であると早川さんは言います。会社によってはインターネットで市場を広げたり、ホームセンターに販売を委託したりすることで顧客を増やそうとする会社もあるそうです。しかし、早川産業ではインターネットでの販売はしていないとの事で、問屋さん経由での販売がほとんどだそうです。購入層は年齢の高い層が多く、若い層の購入者は祖父母からのオーダーが多いとの事でした。
豊富な環境資源と匠の技に支えられた神棚産業は東濃地域で広く発展し、2002年11月には岐阜県の郷土工芸品に認定されました。現在も東濃地域では神棚生産が盛んに行われています。工場の次に見学したショールームではさまざまな素材や様式の神棚が展示されていました。中には宝くじを納める神棚もありました。
さて、皆さんは神棚と聞いてどのような形を想像しますか?箱のような四角い形、屋根が三つついている形、格子戸がついているもの……。その形には地方によってさまざまな違いがあるそうです。たとえば伊勢地方の神棚は一社作りで板葺きではなく、茅葺きの屋根がついています。また、上記の写真中央のように3つ屋根が付いており、かつ一番上の屋根が高くなっているものは「名古屋型」と呼ばれており、早川産業ではこの形の神棚が多く製作されています。
伝統の継承と課題
岐阜県、特に東濃地域では神棚産業が盛んですが他の地域でも同じように神棚が生産されている、というわけではないようです。今、全国で神棚や祠(ほこら)の伝統的な様式が失われ始めています。特に屋外にお祭りする祠、外宮(そとみや)は雨風にさらされるため、劣化が多いのも現状です。神棚や祠はもともと統一された製作基準があったわけではありませんでした。さまざまな地域でその土地の職人による祠が建てられたものの、現在では修理や製作の担い手が減少しています。そのため早川産業でも近年外宮の需要が増えていると早川さんは語っていました。現在では様々なタイプの外宮をカタログにして一番近い形をオーダーしてもらうという形式をとっていますが、外宮の形式に関するある種の均一化は免れることができません。神棚に関しても他地域の様式の神棚を製造販売していることもあり、地域の特色をどう残し、伝えていくかが課題になっています。
焼納祭と森林資源の循環
今回の中津川木工事例調査にて見学した護山神社(詳細は護山神社の記事をご覧ください)では、毎年5月3日に古祠焼納祭例祭が行われます。全国各所から古くなった神棚やお札、お守りが集められ、護山神社宮司の手によってお焚き上げが行われます。お焚き上げ自体は全国で行われている行事ですが、護山神社では燃やした灰を大地に還し樹木の再生を祈る「清灰奉還(きよめばいほうかん)」という儀式が行われます。
早川さんによると、中津川の焼納祭は早川産業と護山神社によって始められたとの事です。裏木曽の山で育ったヒノキ。その材で作られた神棚をご神木のふるさと、中津川で再び大地に還すという循環の思想が取り入れられた儀式は全国でも珍しいものです。神棚の生産から再生まで、すべての過程に責任を持ち、自然や地域への感謝や尊敬の念を大切にする企業のあり方について考えさせられました。
総括
現代で建てられる住居で、神棚の設置スペースが確保されているものはそう多くありません。実際筆者の住むアパートの天井を見ても、あるのはエアコンくらいです。前述の通り神棚に対する若い世代の関心が薄いという課題もあります。しかし一方で、若い世代の間で御朱印巡りなどの神社仏閣に関するブームが起こっているのも事実です。神社に行ったらお札をもらった、けれどもそれを祀る場所がないという声も多々聞かれます。早川産業ではマンションでも設置できるような小型の壁掛けタイプの札差が作られています。このように神棚産業は生活様式とともに新しいあり方が模索され始めています。しかし一方で日本古来の変えてはいけない信仰の形、後世に残すべき伝統もあり、新規ユーザーの獲得にどう向き合っていくかという課題を考えさせられました。
また、見学を通じて、食器や家具とは一味違った神棚という奥深い世界を通じて木工の新しい世界の扉が開けた思いでいっぱいです。早川さん、本当にありがとうございました。
森と木のクリエーター科 木工専攻一同
文責:奥山茂(1年)
下山みなみ(1年)