熱貫流率U値と室内表面温度-焚き火の暖かさの秘密(morinos建築秘話22)
温熱性能について考えるには、断熱、日射制御、気密、防露の4つをバランスよく考えないといけません。その中でも、最も基本的な性能が断熱性能です。
素材については、建築秘話20で断熱材の選定の話をしましたが、今回はその厚みも考慮した「断熱性能の話(その1)」です。
いくら高性能で良い断熱材を使っても薄ければ効果は限定的です。
morinosでは、どれくらいの断熱厚みで、どれくらいの性能があるのか、順番に見ていきます。
内容は専門的ですので、少し覚悟して読み進めてください。
まずは屋根ですが、CLT36mmの屋根構面をはさんで上下に合計240mm(室外側90mm、室内側150mm)もセルロースがパンパンに吹き込まれています。
結構分厚いですね。このまま見せると、屋根が重たく見えるため、この厚みをどう感じないようにするかは破風板の納まりや、CLT下の吹込みの狙いは大断面集成材の見せ方も参照してください。
この屋根の断熱性能を建築の専門的な性能数値で表すと、熱貫流率 U値 0.19W/㎡K となります。
実際に計算したシートを下に紹介します。(下部の図の下から5段目)
なにやら、数値や単位が出てきて混乱しそうですが、順番に説明します。
熱貫流率U値の分母:㎡とKに着目すると、屋根面積1㎡あたりで、室内と室外に1℃差(絶対温度単位の1K(ケルビン)差と同じことです。)がある場合に、0.19Wの速さで熱が暖かいところから寒い方に移動するということ。
つまり、熱移動の速さなので、数値が小さいほど熱を逃がさない性能いうことです。(0W/㎡Kだと、いくら外が寒くても熱が逃げません。)
ちなみに断熱を入れずボードが1枚だけだと U値は4W/㎡K程度なので、morinosは無断熱と比べて概ね1/20の熱移動に抑えられています。
では外壁はというと、150mm角の柱内にセルロースを最大吹き込んでおり150mmの厚さです。
外壁の熱貫流率U値は 0.29W/㎡Kです。
厚みが薄い分屋根より数値が大きいので、熱を伝えやすいです。
アカデミー本校舎(20年前の建築)はグラスウールが50mmで、 U値0.65W/㎡K 程度。morinosは2倍以上の性能です。
開口部の多くはトリプルガラスが入っています。
5mmのLowE(断熱)ガラス、乾燥空気10mm、5mmガラス、乾燥空気10mm、ガラス5mmの計35mm厚のガラス構成です。
ガラスとしてみると、かなり分厚いですが、熱貫流率U値は 1.5W/㎡K です。トリプルガラスでも外壁と同じ面積だと5倍近い熱が逃げることになります。さすがのトリプルガラスも、しっかり断熱が入った壁にはかないません。
まとめてみると下記のグラフになります。数値が0に近づくほど断熱性能が良いです。
morinos(オレンジ)の小ささが伺えます。
例えばmorinosの建つ美濃市の過去30年間の最寒月(1月)の日最低外気温は-0.8℃。結構寒いです。
この時、暖房を付けて20℃で活動していたとします。morinos外壁のU値0.29W/㎡Kだと、壁を触った時の室内表面温度はどのくらいだと思いますか。
計算してみると、19.3℃です。(屋根は計算結果の表の下から2行目の19.6℃)
ほぼ室温の20℃と変わりません。
では無断熱(U値4W/㎡)はというと、計算すると10.8℃まで下がってしまいます。
この表面温度が人の体感温度に大きく影響するのです。
一般の方は温度計で室温を見て、今日は寒いなとか暑いなと判断することが多いですが、温熱の専門家はこの表面温度をしっかり確認するのです。
人が感じている体感温度(専門的には作用温度といいます)は安静な気流状態(室内)であれば、(室温+表面温度)÷2 で計算します。
つまり、表面温度は室温と同じくらい大切な要素で、壁や床が冷えていると、室温が高くても寒く感じてしまいます。
冬場の窓際がなんかヒヤッとするのは、室温が下がったのではなく、窓の表面温度が低いために近寄ると体温が奪われているためです。
逆のパターンもあります。
例えば、焚き火をしている状態を考えてみましょう。
焚き火の周りは暖かいですよね。ですがよく考えてみてください。
焚き火で暖められた空気は、非常に熱く軽くなっているので真上に上ってしまい、周辺の空気は暖めてくれません。また風が吹くと、焚き火の周りの空気はすぐに入れ替わってしまいます。外気温が0℃だと、焚き火周辺も概ね同じくらいです。
でも暖かい。。。。???
これが先ほどの体感温度の式で理解できます。
人の廻り、全周囲の空間360°を考えた時、面積割合は小さいですが焚き火の温度は800~1000℃くらい、焚き火以外は極寒の屋外です。人の全周囲360°の表面温度を平均すると、40℃くらいになっているかもしれません。(焚き火との距離も大きく影響します)
そうすると、 外気温0° + 表面温度40° = 20° の体感温度になります。
みなさんも経験があると思いますが、焚き火と自分の間に誰か割り込んでくると、この800℃あった表面温度を全く感じられなくなり、体感温度は5℃(割り込んだ人の体温は感じる)くらいになり、一気に寒さを実感することになります。
冬の日光浴も同じ原理で、外気温が寒くても、日差しがあればなんかポカポカします。
体感温度の説明が長くなりましたが、つまり室温と同じくらい表面温度が大切だということを伝えたかったのです。
いくら暖房設備で頑張って室温を暖めても、表面温度が低いと寒さがなくなりません。床面は床暖房という強制的に暖める設備がありますが、壁や天井はそうはいきません。
表面温度を上げるには断熱強化くらいしか対応できないのです。
ではトリプルガラスはというと、U値1.5W/㎡K、外気温-0.8℃、室温20℃の状態で表面温度 16.6℃ の計算結果です。
さすがに壁までは届きませんが、ガラス面に近づいても体感温度は18.3℃程度。暖かいとはいかないまでも寒さはほとんどないでしょう。
(1枚ガラスだと同条件で表面温度4.7℃、体感温度12.3℃、これはヒヤッとしますね)
断熱性能にはいろいろな目的がありますが、この表面温度を室温に近づけて体感温度を向上させることは最も基本的な要素です。
表面温度と聞いてもピンと来ない人もいると思いますが、簡単に測れます。測りたい面に放射温度計を向けてボタンを押すだけです。
放射温度計とネットで調べると、簡単なものだと3000円くらいから販売されていますので、気になる人はいろいろ計測してみてください。寒さの原因がわかるかもしれませんよ。
morinos 実習秘話?----------------
今回の数値の原点は実は学生有志の自習で計算した結果です。
実施設計段階でも私が温熱計算をしていましたが、工事中に開口部が変更になったり、断熱材を同等品に変更したりで、微妙にずれてきていました。
改めて再計算しないといけないなと思っていたところ、木造建築専攻1年生の姿が目に入りました。
建築の1年生4人に「morinosの温熱計算を「環境性能設計1」の復習がてらやらない?」と聞くと全員「やります!!!」と威勢よく返事。
春休みに入って授業もなく、課題に飢えてる?
いやいや、向上心が高いだけですよね。さすがアカデミー生。
早速、実施図面を渡すと、面積を拾って、矩計図から仕様を読み取り、私がつくった計算ツールに入力。
ペースにバラツキはあるものの、概ね計算し終わったところで、各自の計算結果報告会を開催。
全員同じ値が出てくると気持ちいいのですが、、、
あれ??
2割以上もばらついている??
よくあること?です。
改めて、各自の数値の根拠を見直しながら実施図面と照らし合わせて、ここはこう読み取る、とか、この断熱材の性能はこれを使おう、とか言いあいながら、全員が納得して、今回の計算を完成させました。
実際の建物、しかも近くで体感できる建物の計算をすることで、授業と実体験や現場のギャップを埋めることができます。
まさに、現地現物主義です。
准教授 辻充孝