断熱と日射熱制御を考慮した温熱性能(morinos建築秘話28)
morinos建築秘話で壁や屋根の部位ごとの熱貫流率U値や、日射熱取得の話をしましたが、今回はその続きmorinosの「温熱性能の話(まとめ)」です。
少し専門的な内容になっています。
建物全体の断熱性能を計算した結果は「外皮平均熱貫流率UA値 0.61W/㎡K」です。
建築関係者の方はこれで温熱性能はピンときますよね。
そんなに高くない?と感じると思いますが、昼の活動が中心のmorinosでは日射の活用が重要なため、ガラス面が大きいことが響いています。
外皮平均熱貫流率UA値というのは、住宅で使われている断熱性能を示す値です。美濃市での住宅の省エネ基準値は0.87W/㎡K。高くない基準値ですが、morinosの方がが3割ほど高性能です。
(morinosのような非住宅建築物の外皮性能は主に年間暖冷房負荷PAL*で表現します。PAL*では概ね半分という計算です。建築秘話17を参照)
UA値の意味合いは、前回の熱貫流率U値と基本的に同じです。違いは建物全体の面積を平均した値ということだけです。
つまり、室内外の温度差が1℃と仮定した時、1㎡の外皮(屋根、外壁、床、窓)から、平均的にどのくらい熱が移動しているのかを示しています。
??? やっぱり難しい?
もう少具体的に変化させてみます。
morinosの外皮面積(屋根や壁、床、窓の面積を全て足した値)を計測すると合計449㎡でしたので、乗じると0.61W/㎡K×449㎡=約270W/Kです。
つまり内外の温度差が1℃の場合、建物全体から270Wの熱が移動します。(冬は逃げていきますし、夏は入ってくることもあります。)
美濃市の1月の平均気温は3℃(昼前くらいのイメージでしょうか)、室内を20℃に暖房していると内外の温度差は17℃となります。
つまり、外気温3℃、室温20℃の時は、270W/K×17K=4,590Wとなり、室内から外気に向けて4,590Wの速さで熱が逃げて行くことになります。
よくある電気ストーブの発熱が800~1,000Wくらい(手元にストーブがあれば、強弱の横に〇〇Wと書かれていることも多いです)なので、電気ストーブ5台分くらいの熱が建物全体に薄く散らばって逃げて行っているイメージです。
この時、晴れていて水平面日射強度が500w/㎡だとすると、日射熱取得の計算から10,000Wくらい入ってきますので、5,000W分強プラスになります。(詳しくは下のmorinosマニアック参照)
つまり、日中は取得する熱が多いので、どんどん暖かくなっていくということ。
また、曇りだと日射熱がほとんど入ってきませんので、逃げていく4,590W分を薪ストーブやエアコンなどで供給しないといけません。
AGNI-CCの最大発熱量が10,000Wくらい(ちょうど晴れの日の熱量と同じくらい)ですので、ほどほどに焚いていればちょうどいいくらいでしょう。(暖冷房設備は次の機会に。)
運用者からは、炎を楽しむためにどんどん薪ストーブを焚きたいとのこと。
炎の豊かな動きをぜひ楽しみに来場ください。暑すぎて冬でも開口部全開かもしれません。(笑)
morinosマニアック---------------
学生と一緒に計算を突き合せて、見えてきた結果をいろいろ考察してみます。
使用したのは私が開発している環境デザインサポートツールです。
まずは断熱計算の結果概要(下の表)です。
1段目に上で説明したUA値が0.61W/㎡Kというのが見えます。
2段目、3段目には、開口部と、屋根・壁・床に分けて部位の性能が計算されていますが、開口部が、トリプルガラスとペアガラスの面積平均で2.06W/㎡K、屋根や壁の平均が0.18W/㎡Kとなっており、同じ面積だと、開口部の方が10倍以上熱が逃げやすいことがわかります。(表面温度にも影響します。)
4段目のq値 270.71W/Kは、建物全体から1℃差で逃げていく速度。(上の本文で説明)
5段目のQ値は、24時間換気も含めた熱損失も考慮した値で、床面積1㎡あたりで計算したもの。(H25以前の省エネ基準で使用していた指標値)
6段目のQは、4段目のq値と同じく建物全体の性能ですが、換気の損失も含んでいます。実際には、換気扇を回しっぱなしですので、この熱量が逃げていくことになります。
最後の7段目「熱損失面積係数」は、床面積1㎡あたりでどれだけの外皮があるかということ。
イメージしにくいと思いますが、下の割合を見ると154.40%となっています。
これは、morinosの床面積129㎡が、もし正方形の総二階だった場合(一般的に効率の良い建物形状)と比べてどのくらい外皮面積が大きいかということ。平屋のため、熱的には1.5倍程度不利な形状をしていることを示しています。
当然、100%に近い形状が熱が逃げにくいのですが、使い勝手や見え方など総合的に判断する必要があり、自分が設計している建物がどのような性質かを把握しておくことが重要なのです。morinosは熱が逃げやすい分、各部の断熱性能を高めています。
次に、下のグラフです。
上段が部位ごとの面積割合。開口部が22.6%と大きめです。(一般的な住宅は10%前後が多いです。)また平屋ですので、屋根と土間床がほぼ同じくらいの面積割合。
その面積に対して、下段が熱が逃げていく割合を示しています。開口部面積が22.6%だったのに対し、断熱性能が屋根や壁の10倍以上逃げやすいということから熱損失割合は77.47%と全体の2/3を占めています。つまりmorinosでは、8割近くは開口部から熱が逃げています。
次に下のグラフは、換気扇から逃げる空気による熱損失も含めたバランスです。morinosはそれなりに高断熱。そうなると換気による熱損失は無視出来ません。
1時間に0.5回程度、空気が入れ替わる換気扇を取り付けていますが、それによって、全体の25%分の熱を捨てているということです。
換気扇を止めればいいと考えるかもしれませんが、それはいけません。
換気の目的は人が活動する際に排出する汚れた空気(呼吸からのCO2や水蒸気、臭いなど)をきちんと入れ替えること。建具を開け放していれば問題ありませんが、内部で空調している場合は適切に動かす必要があります。
1/4が換気の熱損失とみると大きいと感じるかもしれませんが、絶対量の熱損失が少なめですのでそこまで気にしなくて大丈夫です。
次に、夏期の日射遮蔽の性能です。
1段目のη(イータ)AC値は、外皮にあたる日射熱のうち平均的に2.8%分が室内に入ってくることを示しています。(ACのAは平均Average、Cは冷房期Cooling seasonの略)
夏ですので少ない方が有利になります。(住宅基準で、高い目標ではないですが目安として美濃市では3.0%以下が目標)
2段目は、日射が1W/㎡の場合、建物全体に入ってくる日射熱量を示しています。
つまり、晴れた日で水平面日射量が800W/㎡あったとすると、12.35W/(W/㎡)×800W/㎡=9880W分室内に日射が入ってくることを示しています。(ここでは簡易的に、方位関係なくまとめた数値で計算しています。実際には、時間帯に合わせた方位別で計算する必要があります。)
結構大きいですが、周囲に何もなく野原にポツンと建っている計算です。(基準用の計算のルールです)
3段目は、床面積に対してどの程度入ってきているかを示しています。(H25以前の省エネ基準で使用していた指標値)
4段目が、野原にポツンではなく、morinos北の情報センターや森の工房など隣棟などを考慮した値。概ね2割ほど日射の侵入が少なくなる予想です。
ただ、西の桜並木の効果は見てませんので、実際にどの程度減ってくるかは楽しみなところです。
次のグラフは、面積割合と日射が入ってくる割合です。
上段の面積割合は、開口部や外壁などを方位別に細かく見ていますが、上で示した断熱性能のグラフと同じ割合です。
下段が日射が入ってくる割合を示しています。
東西南北の開口部から90%程度熱が入ってくることがわかります。
特に多いのが南の開口部で、40.94%と最も大きくなっています。4mも跳ねだした大屋根の深い軒先で防いでいるとはいえ、面積が大きいのが影響しています。
庇の短い西も22.87%と大きめです。外構計画と合わせて検討していく必要があります。
一方、セルロースをしっかり詰めた屋根は、面積が約30%に対して日射侵入は6.5%と少ないです。
余談ですが、屋根の断熱性能が弱かったアカデミー本校舎には反射率を高める遮熱塗料を塗りましたが、断熱がしっかりされたmorinosでは遮熱塗料の効果は少ないため使用していません。
次に、冬期の日射熱の取得性能です。夏期と違って数値が大きいほどたっぷり日射が入ってきます。
1段目のηAH値は外皮にあたる日射熱のうち平均的に4.6%分が室内に入ってくることを示しています。夏期が2.8%でしたので、1.6倍日射熱が入りやすい性能といえます。
2段目の日射熱取得量も当然1.6倍になっています。
冬期は太陽高度が低いため、水平面の日射エネルギーが少ないとはいえ普通に晴れていれば500W/㎡。20.89W/(W/㎡)×500W/㎡=10,445Wと大量の熱が入ることになります。(AGNIの薪ストーブの最大火力に匹敵します。)
3段目は床面積あたりの日射熱が入ってくる割合16.2%。
4段目が周辺の建物を考慮した値、冬期も隣棟によって取得エネルギーが減る予測です。
次に冬期の外皮面積と熱取得のバランスです。
上段は夏期の面積割合と全く同じもの。
下段が冬期の熱取得バランスです。
大きく変化したのが南開口部。夏期に41%だったものが62.5%と1.5倍も増加。太陽高度が下がったため、南の取得が有利になっています。
全体で見ても、開口部からの熱取得が94%に増えています。
次に、下のグラフは冬期の単純な熱損失と熱取得のバランスを示しています。(室温は利用者の活動量・発熱量が多めの施設ということで仮に18℃としています)
美濃市の平均的な外気温と日射量の場合、上段の日射熱取得に対して、下段は外気温が低いことで逃げていく熱を示しています。
概ね1.2倍ほど熱損失が上回っています。つまり、不足分を薪ストーブかエアコンで熱を供給しないといけないということ。
では、寒かったり、日射が多かったり、曇っていたりとした場合はどうでしょうか。
上部3段は、日射の状況でどの程度の熱が入ってくるかを示しています。曇りだと最上段。良く晴れると2段目、平均的な日射が3段目です。曇りと快晴では、20倍以上も取得できる熱量が異なります。
一方、下部3段は、外気温の違いによる熱損失を示します。日射ほどの差はありません。
見比べると、快晴時であれば、熱損失を上回りほぼ無暖房で運用できそうです。ただ、このグラフは単純な一日の総量ですので、日中は必要な熱量の2倍以上取得しているのに対し、明け方は不足するので暖房設備で補助する必要があります。
一日の取得と損失を見たのが下のグラフ。
日中はオレンジの取得が、赤い熱損失を大きく上回っているのがわかります。
一方、夕方から夜間、明け方までは日射熱取得はゼロになります。この間の温度低下を防がないといけません。それを担保するのが断熱性能と日中の熱を持ち越す蓄熱性能です。
morinosのシンボルである左官壁や、広葉樹を使用した家具などは、蓄熱量が少し高め。冬期にサーモカメラなどで温度変化を見るのが楽しみです。
同様に夏期も見てみます。
夏期の標準的な外気温と日射量です。
上段の日射熱取得を見ると、当然日射が入ってきて暑くなります。一方で下段の熱損失はマイナスの方向に出ています。つまり、損失のマイナスなので熱が入ってきているということ。
夏期は基本的に外気より涼しくなる要素はほぼありません。(夜間の放射冷却くらい)
そのため、2018年に41℃を記録し全国で2番目に暑い美濃市の夏を乗り切るためには、この日射による熱取得をなるべく減らし、エアコンで冷房を行う必要があります。
ちなみに通風は体温より低い外気温であれば、気流感で涼しさも感じられますが、真夏の風はむしろ体感的に暑く感じますので注意です。
次に夏期において、日射と外気温が変化すると、熱取得と熱損失はどんな感じか見てみると、
冬期と同じように天気によって上部3段の日射熱取得の変化は大きいです。特に2段目の快晴時は要注意です。
一方、下3段の外気温による変化を見ると、涼しめな日であれば、熱損失の方に寄っています。つまり、夕方から夜間にかけて換気で熱を捨てることも可能です。
下のグラフは、夏期の時間ごとの変化です。
冬と違って日の出が早く、6時前から日射が入ろうと始めます。これは、北東にある建物や演習林による遮蔽効果も効きます。
また、夕方のダメ押しとなる西日対策はどんな状況か、現地を見ながら考えたいですね。
今回は、少し難解な温熱性能のはなしでした。ですがエネルギー消費の大半を占める空調にかかる大切な要素でもあります。
もっと詳しく聞きたい方、専門家の方は、毎年温熱設計の専門技術者研修を開催していますのでそちらもご検討ください。