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2019年07月09日(火)

木工事例調査「丸サ熊澤製材所」中津川市連携事業

中津川市連携で行われた「木工事例調査」その見学レポート⑤を学生から報告いたします。


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木曽ヒノキの丸太や板が所狭しと並ぶ作業場。その量に圧倒される。

作業場の入り口前の広場にも積み上げられた丸太。一歩中に入るとほんのりと木の芳香が漂う作業場内に、機械をぐるりと取り囲むかのように所狭しと並べられた板の山々。それらは全て木曽ヒノキでした。

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柾目の取り方。自作の定規を用いて製品に合わせた木取りをする。

(有)丸サ熊澤製材所のこだわりは、木曽ヒノキの柾目。

柾目といわれる部分を木曽ヒノキ専門で製材する所は岐阜県では唯一、日本中を探してもわずかと言うとても稀な製材所です。柾目は、板目とは異なり幅が広い木材が取ることができない為、サイズが小さくなることがデメリットです。しかし、木目の美しさや狂いが少ない事から材料として優れており、それが木曽ヒノキの良さと美しさを際立たせるとおっしゃられるのは、熊澤章宏社長と息子の康平さん。

 

木曽ヒノキの柾目

上:木曽ヒノキ(天然木) 下:ヒノキ(人工林) 年輪の目の詰まりの違いがはっきりとわかる。

木曽ヒノキの特徴はぎゅっと凝縮されたような年輪の幅の狭さ。これは、成長がゆっくりだからこそとのこと。なぜゆっくりかというと人工的に木を植えるのではなく、木曽の深い森の中で育っているヒノキが自然のままに種を地上に落とし発芽したものの為、日当たりが悪い中では少しずつしか成長出来ないから。そのような生育条件が良いとは言えない環境でじっくりと育ったからこそ、他のヒノキよりも圧倒的に目が詰まっており、耐久性も高く緻密な加工をしても比較的狂いが少ない木曽ヒノキの特徴が形成されます。

 

このような素晴らしい性質から、江戸時代に尾張藩から「木曽五木(ヒノキ、サワラ、ネズコ、アスナロ、コウヤマキ)」として保護を受け、20年に一度の伊勢神宮の式年遷宮(社殿の建替え)にも使われるほど木曽ヒノキは特別視された木材となりました。

マーク

予め「しおれ」があると思われる箇所をマークしている。「しおれ」とは、強風や積雪などの影響による木がたわむことで繊維が断絶されて残る跡。

木曽ヒノキを扱う中で大変なのはやはり仕入れだそうです。材木市場では丸太のままで購入しなければならず、外見からそれぞれの木材の中身を見抜き、歩留まりが良いものを選ぶには経験が必要とされます。木曽ヒノキは流通量が決められているため伐採後も市場に出荷されるまでに山で一年ほど寝かすそうで、その時に切り口が黒くなることからさらに目利きが難しくなります。この時にヒノキと向き合ってきた経験が物を言うのです。

製材

製材の様子。しっかりと整備された歴史を感じる機械

一般に多くの製材所では丸太を購入したままの樹皮がついた状態で製材しますが、こちらでは全て樹皮を剥いでから製材をします。それは、樹皮の色を材に移らせない為。全ての作業にヒノキと向き合い仕事をされてきた経験に裏打ちされた技術が感じ取れ、大変学びの多いものとなりました。

卓球のラケット

卓球のラケットは木目1つでラケット自体の性能が変わるため木取りが最も重要な仕事となる、とのこと。

現在でも高値で取引される木曽ヒノキですが、(有)丸サ熊澤製材所では、木曽ヒノキが伊勢神宮の式年遷宮に用いられることから「神に一番近い木」として神棚の製造、木曽ヒノキと桶の技術を用いて製造され、メディアからも最近注目を浴びているコイケドラムス、高い目利きの能力が問われ木目一つで性能を左右される卓球のラケットなど、木曽ヒノキ専門の製材所だからこそ成立するような高い技術と経験によって製材や製品の製造をされています。

裏木曽と言われる中津川の中でも、専門性が高い仕事をされている(有)丸サ熊澤製材所。経験と新しいチャレンジを親子でされているその姿勢から、地域活性化においても大切なことを学ぶ事が出来ました。

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左:康平さん  右:熊澤章宏社長

言葉を選びながら私たちにも分かりやすいように1つ1つ丁寧にご説明下さいました。

お忙しい中対応頂きました熊澤章宏社長、康平様、学びの機会を頂戴し誠にありがとうございました。

 

(有)丸サ熊澤製材所

https://kisohinoki-kumazawa.jp

 

コイケドラムス

https://www.koikedrums.com

 

文責:森と木のクリエーター科木工専攻2年
大滝 絢香、児玉 直樹