「エスキース教室2017」プロジェクトがはじまりました
森林文化アカデミーの学生を対象にした、美術の実習プロジェクトを始めました。
この実習は、優れた設計・美しいものづくりを行うための「デザインの技術」を習得することを目的としています。
また同時に、「ものを徹底して観察することで、自分で感じ、自分で考え抜く力」と「自分のつくったものに責任を持つ意識」を身につけることも目的です。
これは、文化そのものを考え、新たにつなげていくための姿勢を備えることでもあります。
「美術は生まれつきの才能やセンスが必要」と誤解されがちですが、美術も技術の一種として体系的に学ぶことができ、継続的な訓練によって「分析力」「表現力」「審美眼」を一定のレベルまで身につけることができます。
また、美術は自己満足のための表現手段ではありません。
美術は「自分と他者を分析・理解する能力」「性能や情報を合理的に統合する能力」であり、建築や木工のみならず、ものを創造する側にいる人間には欠かせない「わからないものに向き合う佇まい」です。
日本の美術教育はヨーロッパに比べて大きく遅れており、それが今を生きる人々の文化意識に大きく影響しています。義務教育の「図工」は社会で必要とされない科目として、未だに名指しで挙げられることもあるくらいです。また、美術大学や美大受験予備校以外で本格的に美術を学べる場は無いに等しく、美術大学の建築学部以外では、デッサンをすることすら稀です。
その意味で、森林文化アカデミーの二年間で美術の基礎を学ぶことは学生にとって非常に有意義だと考えています。木造設計実務や木工のデザインはもちろん、木材利用における人気製品の開発や、意図したことを正確に伝えるプレゼンに即応用できるデザインスキルが身につくでしょう。自分で考え、自分のつくったものの責任を取る姿勢も身に付きます。
そして、デザイン力というのは日常の多くの場面で必要とされるものです。学生が卒業後に地域に入って行く際に、看板やチラシ、HP作りなど、そこに住む人々との繋がりにおいて有用な能力でもあります。
二年間にできるだけの多くの美術に関する経験を与え、高いデザインスキルと幅広い美意識を身につけてもらいたいと思い、プロジェクトとして開講しました。
「エスキース教室」は、毎日ウッドラボアトリエゼミAでエスキース(スケッチ)を行っています。森林文化アカデミー全生徒を対象に募集をかけ、現在の一回の平均出席人数は約10名です。
内容は、画板にコピー用紙を留め、モチーフを鉛筆でスケッチをするというもので10分間はできるだけ集中して描く「集中タイム」としています。
一日10分でも極限まで集中して「形を捉える訓練」を行うことで、ものの形状を理解し、イメージを表現する力が確実についていきます。一回の時間は短くてもよく、継続が重要です。毎日描くと目に見えて上達するので、それを実感した建築・木工専攻学生を中心に熱心に通っています。
はじめは単純な形状のモチーフを描くことが必要で、45ミリ程度の「立方体」、「球体(ピンポン球)」、「円柱」それらを組み合わせて描いています。
学生はアトリエに来たら、並べてある紙と画板とモチーフとスポーク(自転車のスポーク。定規のようなもの。)と削りカスを受けるためのティッシュを取って、好きな席に着き、鉛筆を削りはじめます。
描写をはじめて、10分集中し、紙の裏に名前を描いて、全員がホワイトボード並べて貼ります。貼ったらお互いのエスキースを見ながら講師が講評し解散、という流れで毎日行なっています。
絵を描くための鉛筆の削り方から、描くときの身体の姿勢や、「ものをよく観察する」ためのヒントを毎回折り込みながら講評します。そのうち四角、球、円柱のような無機質な幾何形態が描けるようになると、複雑な形状のものと対峙しても、シンプルに分解して把握し、描くことができるようになるのです。
「ものを見る」ことは、形状を把握するだけでなく、自分とその周囲で何が起きているのかをよく感じることです。自分だけで感じ、自分でそのことを考え、それを見えたままに描くという行為が、ものをつくることの基本意識をつくっていきます。
ものが見え、それを描くようになると、同時にそれを評価できるようになり「審美眼」が身につきます。ものの配置や、大きさに、美しさがあることがわかり、そうでないものを見分けることができるようになります。何が美しくて、どんなことがおもしろいのか敏感になります。それがデザイン力になり、他者性を経て、文化意識になっていくのです。
高いデザインスキルと幅広い美意識、それに、何かをつくる側にいることの基本的な「佇まい」のようなものを伝えて行きたいと思っています。
この「エスキース教室」で一番大切にしていることは、描いた後に絵を並べて、みんなでそれを見ることです。人の絵を見て自分の絵と比べることは、描くことと同じかそれ以上に重要です。なぜなら、たった10分しか描いてなくてもそこにある絵は”自分だけ”から出たものであり、紙の端から端まで全責任が各自にあるからです。それを全員分並べることで「他人は、自分が葛藤した部分をどう扱っているのか?」「同じ条件で描いているのに自分の絵より美しい絵があるのはどうして?」「自分の絵は人と何が違うのか?」といった疑問と対峙することができます。
これはとても貴重で贅沢な機会です。多くの人間や要因が絡み合う実社会では、自分がつくったものを、自分だけの責任として捉えることが難しいことの方が多いでしょう。特に建築は、構造と法規とクライアントの要望と予算という条件があり、設計者は施工者ではありません。このような場が、何かをつくり出す側の人間としての基本姿勢をつくってくれると思っています。
このプロジェクトを通して、美術のスキルと、自分がおもしろいと思えることを探す力をつけて、それが他人や世界につながっていく第一歩になることを願っています。