林業専攻授業「木材マーケティング」を合宿型で実施してみました
「木材マーケティング」と聞くとどんな授業だと想像するでしょうか?
木材の流通の現状を知り、ユーザーに木材を選んでもらうための工夫、木材への付加価値の付け方、現状と理想の差をマーケティング的視点から埋めるための練習など思いつくかと思います。今回は、それらを学ぶために行った4日間の授業を報告してみたいと思います。
<1日目>
お金を稼ぐことを前提に話が進む「木材マーケティング」ですが、まず、その「お金」を味方につけるために、お金の正体を考えました。紙にインクの乗った紙幣にいったいどんな価値があるのか?どんな意味があるのか?
僕の、私の幸せではなく、「(複数人称の一つとしての)ぼくたちの幸せ」や「自給自足」「税金」や「労働」そんなキーワードとともに、お金の役割などを考え、お金が人と人とを結びつけ、助け合う暮らしを循環させていて、お金の循環の元には必ず人の労働があり、その先では、明るい未来を共有することを選ぶことができる。
一生懸命工夫して、知恵を絞り、汗をかき、魅力あるモノを作り、自分たちのファンを増やし、協力者を得ていくこと。これを楽しめば、その先に必ず「お金」は待っている。
初日のスタート1限目、合理的な「お金」との対峙の仕方として、そんなことを共有できていたらうれしい限りです。
「お金」の正体をつかんだ後は、いよいよ岐阜県森林研究所_中通氏によるマーケティングのいろは!!がスタート。
休憩時間から帰ってきた学生は、所狭しと21人分の机に広げられた中通氏のコレクションに心つかまれ、自然と授業へと入っていきました。
マーケティングの基礎知識から始まり、丸太需給や丸太価格の推移、県産材活用の事例の数々など木材流通の現状把握へとつづき、木材乾燥や製材、プレカットなど幅広くマーケティングに必要な知識を伝えていただきました。
特に印象に残っているのは、ラベルをはがしたペットボトルのドリンクを例に、どのように差別化されているのか?そして、AIDMA(Attention,Interrest,Dseire,Memory,Action)からSatisfactionへと続く法則を意識して、願い事をかなえてくれる神龍の力をかり、自由な発想からヒントを得る。マーケティング戦略の種を生みだすシーン。
幅広い知識と経験に裏打ちされた中通氏の引き出しに後押しされながら、まさに、学生の自由な発想が花開いた瞬間でした。もともと発想力豊かな彼ら彼女ら、マーケターの卵たち誕生と言ったら言い過ぎだと思いますが、現実に応用できそうなそれでいて奇想天外な案が次から次へと出てきていました。
<2日目>
2日目の教室は、三重県熊野市にある漁村の民家を改修した民泊施設からスタートしました。講師として出迎えていただいたのは、三重県熊野市で製材を営む(株)nojimokuの野地伸卓さん、麻貴さん、岡田まりさん。
さっそく、改修コンセプトのアイデア出しから携わったという民宿に入ると、nojimokuさんで発案されたという小幅板風羽目板やこなみいたがお出迎え。
学生も教員も、何度も見たことのある無地のヒノキ羽目板なのに、今まで感じたことのない、軽やかな雰囲気に、一同どよめきの声が上がりました。その開発秘話なども聞きながら、壁に目をやると、普段なかなか化粧用には使ってもらえない、プレーナー仕上げの野地板が、縦横さまざまに壁一面に張られており、野地板が当たり前に張られている空間を用意することで、顧客が木材を選ぶハードルが、一段低くなているのを感じました。
その後、製材工場~天然乾燥施設セカンド~ショールーム木挽座と見学は続きました。半日で回ったとは、今でも思えないほどの充実した内容で、一つ一つをここで紹介しきることは到底できませんが、一部を紹介。
工場に入る3歩ほど手前の壁には、前日から始まったという、各種ボンドと樹種の違いによる穴埋め材の剥離を観察できるように壁に張られた羽目板による実験、工場内に入れば、nojimoku独自の品質規格が各工程で見える化され、社員の誰もが目合わせされた同じ基準で商品を製造できるように工夫されていることが、よくわかりました。その基準はNOJIS規格と呼ばれ、顧客からのクレームによって、随時進化しているとの説明に、住宅を建てる一般の人の感覚に対し、説明責任を果たしたろやないか、という笑顔の見えそうな覚悟と、木材だからと妥協しない決意、そしてnojimokuさんのコンセプトにもなっている、「味わう暮らしをつくる製材所」を感じていただくための間口を広く、そして、大きくしている優しさを同時に感じたのでした。
一歩工場内に足を踏み入れると、内部は、操業しているにもかかわらず、右も左も徹底してきれい。こんなにも整理整頓された製材所を見たことがありませんでしたので、移動する先々で、一同から感嘆詞がもれ、野地代表のユーモアと情熱のこもった解説の前に、アカデミー学生特有の質問攻めの嵐まで静かになったように感じました。
仕事はしっかり見えるのに整然としている製材所、これを具現化しているのは、整理整頓清潔清掃そして躾、いわゆる5Sでした。経営陣の中でも意見は様々だと説明がありましたが、S活と略称があったり、S活の徹底でトイレ掃除が奪い合いになるなんてエピソードに、5Sを楽しんでいる一面が垣間見え、継続の秘訣だと感じたのでした。
その他、樹種や乾燥状態が記録されているQRコードの活用でロット単位で在庫管理されている様子、一工程一工程に潜む職人技など、さまざまな人の力が活かされていました。
工場内で、特に印象的だったのは、ミャンマーから働きに来ているという二人の女性を採用したときのエピソードでした。遠い異国の地から来てくれる社員の幸せを考え、また地域の仲間と協力しなければ、なしえない採用エピソードに、鳥肌が立ったのでした。
「人」こそが「力」、まさしくマーケティングの初めの時間で触れた学びの実践を、nojimoku本社の製材工場で働く2人の笑顔から実感することができました。
その後も、半年前から稼働し始めたという天然乾燥施設、先月竣工したばかりのショールーム木挽座での講義、その中で体験したセーザイゲーム…
とつづき意見交換会、どの段階でも感じたのは、山奥という立地や、限られた人口、押し寄せる高齢化、移動できない山林にある資源など、不利そうにみえる条件下での発想の転換、顧客目線・住民目線での製品開発やその良さを伝えるための丁寧な情報発信、小さな疑問や違和感を一つ一つ丁寧に、けれどもスピーディーに改善していっている実態を、教えていただきました。
また会いたいです。もっとお話ししたい。もっとnojimokuの変化を、社員や顧客を大事にしてモノづくりしている実態を見たい。そんな声があちこちから聞こえてくるショールーム木挽座に、後ろ髪をひかれながら3日目へと向かったのでした。
<3日目>
この日も早朝から移動し、たどり着いた3日目の教室は海の上。
到着して早々に、「ほな、船に乗ってもらって、見に行こか」そう声をかけて下さったのは、三重県鳥羽市で牡蠣養殖業を営む㈲丸善水産の中村善紀さん。
船に乗り、まず見に行ったのは、牡蠣イカダの解体場。ここでは、15年から20年ほど海に浮かび、牡蠣の養殖に使われたイカダの解体が行われていました。5.7m×37mに組まれた筏を5つに分け、1基づつ陸揚げされ、50cmほどに小割にされていました。
断面を見ると芯の部分はまだ十分な強度がありそうにも見えましたが、荒れる海の上での使用に耐えるのは、これくらいで回していかないとリスクが高くなるとのお話でした。
小割にされた小丸太は、ストーブ用やBBQ用の薪として使用されるとのことで、最後まで、無駄なく使用されていることを最初に知ることができました。
次に移動した先で待っていたのは、組まれたばかりの新品の牡蠣イカダと、そこにぶら下がる着床したての牡蠣の赤ちゃん、そして2か月弱の牡蠣の子供たち。海から引き上げると潮を吹き、元気に育ってきている様子を見せていただきました。
牡蠣は、約2週間で1枚分、樹木と同じように年輪が増えるように大きくなっていくのだと教えていただき、意外な共通点に感心しながら、牡蠣イカダに必要な、丸太の太さや長さ、許容できる曲がりの程度など、山から木を伐りだしてきている荻野林業の荻野代表さん、そして、実際に組み立てている中村さんご本人から教えていただくことができました。
学生の中から、その径や長さなら、岐阜のヒノキでも行けそうだ。との声には、すでに荻野さんと協力して搬出している現場があるとのことで、また一つ新たな需要を知ることができ、つながることができたのでした。
事務所に戻ってからは、三重県伊勢農林水産事務所 水産普及指導員の稲葉駿さんはじめ林業普及指導員の綿谷さん、木原さんらに、牡蠣養殖の現状を教えていただきました。牡蠣の養殖に必要な植物プランクトン、その食料となる栄養塩類、その栄養塩類を海に循環させている潮の満ち引き、そこに木曽三川からもたらされる栄養塩が反時計回りに回って、鳥羽まで届いている様子を教えていただきました。
その木曽三川の上流からやってきたアカデミー一行の頭の上に、自分たちの行っている森林整備で土壌が豊かになり、窒素やリン酸など豊富な栄養を届けることができる。山で海で活躍する皆さんとつながることができる。そんなイメージが浮かんだのは言うまでもありません。
栄養塩類の話では、きれいになりすぎた海、温暖化による牡蠣の変死率の上昇、大規模太陽光パネルの設置などによる土砂流失があった話し、土砂流出による海における光合成不良、など考えさせられる話題満載の講義に感謝し、ここでも後ろ髪惹かれる思いで、鳥羽市浦村の漁港に別れを告げたのでした。
3日目、木材マーケティングなのに、海の上スタート?牡蠣イカダ?と思った学生もいたようですが、用途を知り、ニーズとつながり、お互いの継続を話し合い、それぞれがwinwinになるように知恵を絞ると、素敵な仕事が生まれることを教えていただけました。
何よりも、「これからの若者が元気に楽しく働いて行ってくれればいいんや、俺らおじさんは、さらに上のおじいさんらの声を受け止め、受け流し、若者が元気に働けるようにする。それが俺らの仕事や。どんどん変わっていかなあかん」そう言って屈託のない笑顔で見送っていただけた中村さん、その声に仕事で応え、この牡蠣イカダ用ヒノキ丸太生産を足掛かりに林業で独立した荻野さん、2人のタッグに心熱くした学生からは、帰りの車中、「カッコよかった」と男女問わず声が上がり、お二人のように、僕たちも林業、漁業、農業など、つながりをもって盛り上げていきたい。そんな声が響いたのでした。
沢山の前向きな行動の軌跡、また勇気と笑顔を伝えてくださり、ありがとう御座いました。
<4日目>
4日目の教室は、お隣の岐阜県関市の住宅街の一角、可愛らしいお宅の応接リビングです。出迎えてくれたのは、アカマツの葉でビジネスを始めたMS Techの牧ヶ野祐司さん。
起業から3年目を迎えた牧ヶ野さんからは、今年(2024)の2月に家庭の中でも粉砕・焙煎できる装置を導入し手作業から解放される。と聞き及んでいた段階だったので、目下取組んでいる現状を聞き、隠れた課題を見つけ出し、その解決案を学生目線で自由に提示させていただくという想定で、お邪魔しました。
あいさつと共に、まず始まったのは試飲会、山で見慣れたアカマツが、松葉茶と名を変え目の前に注がれ、どんなものかと飲んでみると意外や意外、香り高いハーブティーそのもの。山で作業している時に作業着や手、あちこちに付くマツヤニなど、全くイメージさせないお茶でした。
4日目もまた、のっけから心をつかまれ始まったマーケティング実践者の話は、幼少期の原体験、創業の動機、3年前からコツコツと準備してきた取り組み事例、薬草・薬木との数々の出会い、自分でできることと他者へ頼むことを判断し考えてきたビジネスモデルを見える化した図の作成、販売先の開拓や、今後の目標など丁寧かつ詳細に教えていただきました。
話を聞き始めて、まず感じたのは、松の葉への愛(愛着や知識)と、品質・味へのこだわりでした。
戦場で戦う武士が松の葉を食べて滋養強壮に努めた話や、松は葉だけでなく皮や実も余すことなく食べられる木なんだと驚きの話をさらっとされ、土壌の色で味が変わることなど、実際にさまざまな土地でアカマツの葉を摘み、ねぶり味見してきた牧ヶ野さんならではの経験を分けていただくなど、林業従事者の視点からでは見えてこないアカマツの味わい方を沢山教えていただきました。
採取の時期、色味、食べられる松の葉の種類、おいしくない松の葉の種類、面積当たりで収穫できる松葉の量(200kg/3反)、年間の生産量や提携会社でこなせる仕事量など、どんどん生産戦略や販売戦略を考えるうえで重要な観点を、すごい勢いで説明していただきました。
さまざま丁寧に教えてくれるのは、方々のお茶屋さんを訪ねた際、自分がやりたいこと、分からないこと、知りたいことを伝えると、みんな丁寧に教えてくれたからだ、多くの人にお世話になったエピソードを、感謝の念と共に何度も話してくれたことも、とても印象に残りました。
午後からは、少し場所を移し、関市立図書館に併設されたコミュニティスペース「森のはなれ」で作戦会議。MS Techさんの現状と理想の姿から課題を設定し、その解決策をグループワークで案を出しあいまとめました。1時間15分という短い作業時間でしたが、初日から3日目まで、さまざまに学んだ視点に加え持ち前の自由な発想力を武器に、ユニークな3案ができました。
その3案を、各班伝えるための練習も同時に行い、再度、MS Techさんのお宅に移動です。
移動の道中も、各班、提案内容を確認しあいながらの移動となり、マーケティングを楽しめている様子がとても印象的でした。
さて、最終日午後の部、MS Techさんへの提案です。
午前と変わらず、気分を落ち着かさえるカモミール入りの松葉茶など頂きながら、和やかな雰囲気の中ですが、真剣なまなざしで各班の提案が続き、それを真剣に聴いて一つ一つ丁寧に公表いただきました。
学生らの提案の中には、創業過程であれこれと検討し考えてきた、牧ヶ野さんも考えたことのないというキーワードも出現したとのこと、この授業を企画できて良かったと安堵した瞬間でした。
最後、講座の中で何度も口をついて出てきた言葉、「次の世代に渡す」について質問すると、守りたいものを守ろうとしたとき、自分の力や財力だけでは守れないモノがある、ならば、知恵をしぼり、感謝のルートを変え、直接自分が守るという形態ではないけれど、結果守れるならば、ありがたいことだと、そのための松葉茶へのチャレンジでもあり、お茶で幸せを提供したいという創業にもつながっている。とお話しいただきました。
最終日もまた、帰りの車中で、「カッコいい、勇気づけられた、わたしもチャレンジしなきゃ」と声が響いたのでした。
きっと、新芽がある程度成長し採取適期なこの時期、松葉を採取して飲んでみる学生が出てくることだろう。アカデミーって、そういう学校だよな。
と、4日間のプログラムを振り返りながら、松葉茶を飲み、すべての訪問先で出会った方々への感謝と共に、つたない授業報告を締めたいと思います。皆々さま、本当にありがとう御座いました。
報告 林業専攻 塩田(しお)